生きものに 慈悲の心の ない人は 心の賤しい 賤民と言う<117>

○少年少女のためのスッタニパータ117.
・・・
生きものをいじめる人は
自分の心をいじめているのです。
痛々しい心の声を
聞いてください。


117.第1 蛇の章 7.賤民経 2.

○毎田周一先生訳
一度生まれる(胎生の)ものでも
二度生まれる(卵生の)ものでも
この地上の生物を傷つけ
そのような生きものを少しもいとしく思はない人
彼は「賤民」と知るべきである


○中村元先生訳
117
一度生まれたものを(胎生)でも、二度生まれるもの(卵生)でも、
この世で生きものを害し、
生きものに対するあわれみのない人、
──かれを賤しい人であると知れ。


○正田大観先生訳
117.
あるいは、一なる生まれのもの(胎生)であれ、あるいは、また、二なる生まれのもの(卵生)であれ、
彼が、この〔世において〕、命あるものを害するなら
――彼に、命あるものにたいする思いやりが存在しないなら
――彼のことを、『賤民である』と知るがよい。(2)

○パーリ語原文
117.
エカジャン    ワー    ドゥウィジャン    ワーピ
‘‘Ekajaṃ     vā      dvijaṃ        vāpi,
一回生まれる  或は    二回生まれる   或はまた

ヨーダ       パーナン      ウィヒンサティ
yodha        pāṇaṃ      vihiṃsati;
彼がこの世で   生き物を     害する

ヤッサ    パーネー      ダヤー    ナッティ
Yassa     pāṇe         dayā      natthi,
彼に     生き物に対して   慈悲心が   ない

タン    ジャンニャー    ワサロー    イティ
taṃ    jaññā         vasalo      iti.
それを   知るべき        賤民       と


○一口メモ
一回生まれるものとは、一部の例外を除く哺乳類です。(例外とはカモノハシなどです。)
二回生まれるものとは、卵の形で生まれるものです。二回目の生まれとは、卵から孵るといいます。
この偈には書かれていませんが、三回生まれるものもあります。例えば昆虫です。昆虫は卵として生まれ、幼虫になり、幼虫は蛹になって、蛹から成虫に生まれ変わるのです。
ここで言いたいことは、すべての生き物、すべての生命に対してということです。

昨日の偈で、世尊によって以下の特徴のある人は賤民ですと述べられました。
① 怒りやすい人、いつもいらいらしている人です。
② 恨みをもつ人、人のあらばかり探す人。
③ 悪行為を隠す人。
④ 誤った見解をもつ人。
⑤ たくらみのある人、偽善者。

では、このような特徴のある人は、他の生命に対してどのような態度に現れるでしょうか。それが今回の偈で述べられたことです。それは非常に明確な事柄なのです。他の生命を害し、慈悲の心を持たないのです。このような人は賤民だと知るべきなのです。

慈悲の心を持っているかどうかが賤民かどうかに関わることがらなのです。繰り返しますが、慈悲の心がないのならば賤民です。慈悲の心があれば賤民ではありません。慈悲の心があれば尊敬される人です。

没落経で述べられことですが、真理に従う人は繁栄し、真理に反する人は没落するということは、賤民についても同様なことが言えるように思います。すなわち、真理に反する人は賤民であり、真理に従う人は尊敬される人なのです。


すぐ怒り 恨み持ちつつ 悪隠し 邪見持つ人 賤民と言う<116>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

いけざきなかひこ
2013年07月15日 07:43
ワンギーサさん、おはようございます。
昨日は大変お世話になりました。
ワンギーサさん、櫻井由紀さん、Eさん、Sさんを交えての
お話、とッッても!!楽しかったです。、
(話の内容が高度すぎてついていけませんでしたが)
仏教のお話、スゴく勉強になりました。
とにかくワンギーサさんのおっしゃられている
「心は一つ」を忘れないようにしたいです。
あとは瞑想修行の実践ですね。
これも出来るだけ毎日続けたいです。
私もワンギーサさんみたいに
ブログや瞑想指導、毎日続けられる日課を作りたいなあ、と思ってます。
もちろん、その日課には瞑想修行も含まれています。
五年間も休まず毎日、ブログの更新、お寺での瞑想指導、
とても素晴らしいことだと思います。
私も、また初心に帰って見習いたい。

この偈についてですが
今朝、近所のグラウンドで歩行のヴィパッサナーをやっていたら
普段は目を閉じてやっているのですが、
何気なく地面に目をやると・・・けっこうアリさんが
歩いていらっしゃるんですね。
目を閉じてやっている間、けっこうな数のアリさんを
つぶしてしまっていたのかな・・・
と思うと正直ブルーになりました。
家の中は狭いし、人気のない早朝のグラウンドのほうがやりやすかったので
最近はそうしているのですが・・・悩ましいです。
コレってアリさんをいぢめていることになっているのかなあ、とか。
アリさんのいない家の中で歩行のヴィパッサナーをやるべきなのかなあ、とか。

とにかく小さな生き物の殺生はよくないですよね。
櫻井由紀
2013年07月15日 17:06
主観、感情を混じえないで
先日見た事をそのまま言ってみます。
うちの斜め裏に住んでいる
お爺さんの庭には沢山の木があり
その庭には毎日色々な鳥たちが飛来します。
その日、見てしまいました。
お爺さんはその鳥たちに向けて
先端部分をつぼませたホースで
勢いのある水をひっかけていました。
鳥達は「ギー、ギャー」と言って
皆、飛び去りました。
ちなみに、その時の鳥は
頭部が黒くて、背中から長い尾にかけて
灰水色のオナガと言う鳥さん達でした。
お爺さんの庭は
地球からのレンタルなのに・・・・・・

もう一つの話は
うちの隣に住んでいる中年のおじさんは
うちの三匹の飼い猫さんが外で遊んでいると
私のいる目の前でいつも
車でひき殺そうとします。
猫を見た途端に車を加速させるのです。
錯覚ではありません。
この前は近所の人もそれを目撃し
ビックリしていました。
ここからが本題で
これらを目撃した時
心は波立ってしまいます。
しかし瞬間的に
「慈悲の瞑想」に突入します!!!!!!!
かなり苦しいのです!
目の前で本当の
殺意ある行為が行われているのですから。
瞬時に集中力を最大まで引き上げ
禅定状態までもっていき
怒りはものの見事に静まります。
この「慈悲の瞑想」が無かったら
若しくは知らなかったら
怒り狂ってしまったかもしれません。
お釈迦様に感謝いたします。

生きとし生けるものが幸せでありますように


ぽん母さん
2013年07月16日 23:43
私の家の近くに、春先になるとお庭の柿の枝にみかんを半分に切ったものを刺しているおうちがあります。
都会の真ん中ですが、
メジロやヒヨドリなど、たくさんの野鳥が飛来してくる姿を楽しませていただいています。

今年、そのお宅を通りかかると、両隣のおうちも同じように庭の木にみかんを刺していて、
「あ、慈しみが広がっている。」と嬉しくなりました。
我が家には木がないので、こぼしたお米をベランダにまいて雀にお布施しています。
「あなたたち、お米を食べるのは良いんだけど、糞を落としていかないでちょうだいね」と話しかけたら、糞を落とされなくなったという話もあります。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
こころざし
2016年03月20日 06:34
生き物を自分の主観で可愛いとか殺しても良いとか決めつけてしまうのではなく、生きとしいけるものが幸せでありますように、と思い・そのように接する方が、自分の心は曇らないと実感しています。
今月上旬、家の中にいたある虫を、外気温がまだ低かったので外に出すと生きていられないと思い、そのままにしました。共存?でしょうか。慈しみの気持ちを培って参りたいです。