睡眠と 集いを好み 生気なく 怠け怒りの 人は没落<96>及び<95>

○少年少女のためのスッタニパータ95.と96.
・・・
いつも眠そうで、
起きているときは無駄話、
死んだような人。
もちろん怠け者だが、
怒るときだけ元気。
この人の人生は
何と言うべきか。


95.と96.第1 蛇の章 6.没落経 5.と6.

○毎田周一先生訳
第二の没落者は迎言る通りなのは
よく解りました
では世尊よ 第三の没落の始まりはどこにあるのでせうか
それをお示しください<95(5)>

いつもねむさうにしてゐて
人の集りを好み 生気がなく
怠け者で 怒りつぽいのが特徴であるやうな人
その人の没落は始まいてゐる<96(6)>


○中村元先生訳
95
「よくわかりました。おっしゃるとおりです。
これが第二の破滅です。
先生! 第三のものを説いてください。
破滅への門は何ですか?」

96
睡眠の癖あり、集会の癖あり、
奮励することなく、怠りなまけ、
怒りっぽいので名だたる人がいる、
──これは破滅への門である。」


○正田大観先生訳
95.
〔天神が尋ねた〕「かくのごとく、まさに、このことを識知します。
彼は、第二の滅びの者です。
世尊よ、第三の者のことを、説いてください。
何が、滅びつつある者の入り口ですか」〔と〕。(5)


96.
〔世尊は答えた〕「その人が、睡眠を戒とし、集会を戒とし、
かつまた、奮起することがなく、怠け者で、
怒ることで知られる者であるなら
――それが、滅びつつあるの者の入り口です」〔と〕。(6)


○パーリ語原文
95.
イティ      ヘータン     ウィジャーナーマ
‘‘Iti        hetaṃ      vijānāma,
そのように   実にそれを   識別する

ドゥティヨー   ソー   パラーバボー
Dutiyo      so     parābhavo;
第二の     彼は    没落する人

タティヤン    バガワー    ブルーヒ
Tatiyaṃ     bhagavā     brūhi,
第三を      世尊よ      説いて

キン    パラーバワトー    ムカン
kiṃ     parābhavato     mukhaṃ’’.
何が    没落しつつあるの  入口

96.
ニッダースィーリー   サバースィーリー
‘‘Niddāsīlī          sabhāsīlī,
眠りを習いとし      集いを習いとし

アヌッターター    チャ    ヨー    ナロー
anuṭṭhātā       ca     yo      naro;
立ち上がらず    また    者は    人々

アラソー    コダパンニャーノー
Alaso      kodhapaññāṇo,
怠惰な     怒りを特徴とする

タン    パラーバワトー    ムカン
taṃ    parābhavato      mukhaṃ’’.
それが  没落しつつある人の   入口


○一口メモ
釈尊は96偈で、第三の没落する人ついて述べています。
① 眠りを習いとする人とは、眠るだけの人です。
② 集いを習いとする人とは、交際を好み、おしゃべりを楽しむ人です。
③ 立ち上がらない人とは、精進する力を欠いて、奮起する性質にかけている人です。
④ 怠惰な人とは怠けものです。
⑤ 怒りを特徴とする人とは、いつも怒っている人です。
これらの人々は没落するのです。つまりこれらは真理を愛さないということです。

そうであるならば、真理とはこれらと逆の性格を持つということです。それらを考えてみましょう。
① 真理とは覚醒している状態であること。
② 真理とは他人に依存せず、自立しているということです。
③ 真理とは困難に立ち向かい、奮起、精進する力があることです。
④ 真理とは勤勉で怠けることのない、エネルギーに満ちているということです。
⑤ 真理とは、怒りのない、慈しみであるといえます。

前回94偈で学んだことは、真理とは、善なるもの、悪をなくすものでした。真理の意味、内容が具体的になってきたと思います。さらに、その内容は豊富になっていきます。


第二の 没落の原因は わかります 第三の原因を 教えて下さい<95>

睡眠と 集いを好み 生気なく 怠け怒りの 人は没落<96>


○三十七菩提分法の解説(五回目)
三十七菩提分法は七項目(1.四念処、2.四正勤、3.四如意足、4.五根、5.五力、6.七覚支、7.八正道)あります。今日は六番目、七覚支につい説明します。

七覚支には以下のような七項目があります。それぞれは悟りの要素ですが、一番目から二番、三番と段階的に習得されるものなのです。ですから、どの覚支をしようと考えなくてよいのです。1番目念覚支に挑戦すればよいのです。そうすれば、自動的に二番、三番、四番、五番、六番、七番とすすみます。

1.念覚支:身体、感覚、心、法則に気付き、観察することです。

2.択法覚支:念覚支の実践で、さらに細かく観察し、現象の変化を発見することです。

3.精進覚支: 念覚支、 択法覚支の修行を繰り返し実践・努力することです。

4.喜覚支:念覚支、 択法覚支、 精進覚支の修行の努力の後に、喜びが生まれます。マラソンを完走したり、登山で頂上に到達した時の喜びに似てますが、それとは少し異なります。欲や怒りがなくなる時に生まれる精神的な喜びなのです。

5.軽安覚支:心身が軽やかになり、リラックスしてくる。 喜覚支は少し興奮している状態ですが、何度か 喜覚支を経験すると、落ち着いて 軽安覚支を経験すると言われます。この状態になれば楽に 念覚支、 択法覚支が実践できるのです。

6.定覚支: 軽安覚支を経験した人には、安定した集中力が現れます。そのため、現象の実相が洞察できるようになるのです。ここまでの過程で、人格も変わる、見方も変わります。

7.捨覚支: 定覚支が確立すると、善いことがあっても、悪いことがあっても動じない、感情がない状態、何事も公平で平等に見ることができる心になります。

これらの七つの要素がそろった時に悟りを達成します。


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

池崎中彦
2013年07月02日 07:48
ワンギーサさん、おはようございます。
先日はメールありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

この96偈
すべて自分のことを言われているようで、身につまされます。
これらの悪い箇所、(亀の歩みのように)少しずつ改善出来るよう心がけます。
私にとって、急には変えられないような気がします。
急激に人格が変わったら
自分にとっても周りから見ても気味が悪いような気もするし。
cho
2013年07月02日 11:43
ワンギーサ師へ
こんにちは、いつもお世話になっております。
日曜、月曜といろいろとお話ができ楽しかったです。
誠にありがとうございました。

最近はサボっていましたが、またブログも読み勉強させてもらいます。
日頃から眠気にも注意し、破滅の門をくぐって進んで行かないよう精進いたします。

また、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

生きとし生けるものが幸せでありますように。cho拝
櫻井由紀
2013年07月02日 11:52
四正勤を常に意識して
四念処の自己観察を
七覚支の一段階目の念覚支から始めて
実践修行を進め
順番に、段階的に発展させて行き
自分が真理を愛さない人にならない様
努力いたします。
破滅への門は
潜りたくありません。
折角、最高・最善の友が
真理とその道順を
教示してくださっているのですから。
みき
2013年07月02日 12:09
ワンギーサ先生、こんにちは。
「困難」や「試練」に出会ったら、私は逃げてきました。今朝の教えは大変耳がいたく感じます。テーラワーダ仏教に出会い少しずつ「忍耐」「勇気」「理解」「決意」を持って挑めるようになりました。まだまだ、「怠惰」に負かされる日もありますが‥。10月に試験があります、今はそれに向かい精進していく所存です。
こころざし
2016年03月16日 06:08
「交際を好み」を拝見してハッとしました。現在小学生の子供の春休みが近づき、何処に行こうか・何方かと一緒に出来るイベントは・・との事に時間・労力を使う自分がいたからです。まさに子供をだしにして自分が楽しもうとしている姿勢を感じます。
それが一概にNGではないかもしれませんが、真摯に実践する姿勢をもっと大事にしたいです。