両親を 養えるのに 養わない 畜生以下の者 賤民と言う<124>

○少年少女のためのスッタニパータ124.
・・・
父母は慈悲深い神様のような人
父母は赤ちゃんの時からの先生
父母は尊敬すべきお釈迦さまのような人
そのように思うべきです。


124.第1 蛇の章 7.賤民経 9.

○毎田周一先生訳
老衰してしまつた母や父を
自分にそれが出来るのに
養つてゆかないもの
彼を「賤民」としるべきである


○中村元先生訳
124
己れは財豊かであるのに、
年老いて衰えた
母や父を養わない人、
──かれを賤しい人であると知れ。


○正田大観先生訳
124.
彼が、母を、あるいは、父を、
若さ〔の盛り〕が過ぎ、老い朽ちた者を、
〔やれば〕できる者として存していながら、養わないなら
――彼のことを、『賤民である』と知るがよい。(9)

○パーリ語原文
124.
ヨー    マータラン    ピタラン    ワー
‘‘Yo     mātaraṃ    pitaraṃ     vā,
彼が    母        父を       或は

ジンナカン    ガタヨッバナン
jiṇṇakaṃ     gatayobbanaṃ;
老衰した     盛りを過ぎた

パフ     サントー   ナ    バラティ
Pahu     santo     na    bharati,
出来る   あるのに   ない   養う

タン    ジャンニャー    ワサロー    イティ
taṃ    jaññā         vasalo      iti.
それを   知るべき        賤民        と


○一口メモ
この偈と同様の趣旨の偈「没落経<98>」がありました。つい先日7月3日に学びました。

年老いて 弱った両親を できるのに 養わない人 破滅するのみ<98>
http://76263383.at.webry.info/201307/article_3.html

親の恩を忘れないことの重要について、ブッダは繰り返し述べています。ダンマパダ324番にも、親孝行について述べられた偈です。

ダナパーラ 力の強い 白象は 食べ物取らず 母を案ずる(324)
http://76263383.at.webry.info/201212/article_25.html

ここで仏教の父母に対する考え方を説明しましょう。

1.父母は梵天あると思うべきこと。梵天とは慈悲喜捨の心を持った最高の神です。梵天と同じように、父母は子に対して、どんな時でも慈しみの心でいてくれます。困った時は自分をかえりみず助けてくれます。成功した時は自分のことのように喜んでくれます。いつでも冷静に助言をしてくれます。父母以外はそのような人はいません。

2.父母は教師であると思うべきこと。父母は私たちが生まれてから、何も知らないときから、生きる術をすべて教えてくれました。父母は私たちの教師なのです。

3.父母は、阿羅漢と同じように尊敬すべきであると思うべきこと。上の1、と2、を考えると私たちにとって阿羅漢と同じような人なのです。尊敬すべき人なのです。(南伝大蔵経17巻 214ページ)

「両親に対して子供が為すべきこと」について具体的なことはこのブログの2008年9月12日ダンマパダ292、293の「この詩から学ぶこと」に書きました。
 http://76263383.at.webry.info/200809/article_12.html


両親を 養えるのに 養わない 畜生以下の者 賤民と言う<124>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年07月22日 11:31
若さ過ぎ
老い朽ちても尚生きる
長生きすると言うのは
無始なる過去からの
善行為によって積まれた
功徳による業でありますから
そらが何を物語っているのか
何を意味しているのか
あまりにも明らかであります。
その人達との因縁によって
また自分も生まれたのですから
自分と世界を
隔たり無く見れば
自然法則を認識し
それに従い行くだけであります。
両親も
自分も
何の区別がありますかね???????

生きとし生けるものが幸せでありますように
こころざし
2016年03月22日 22:44
両親を尊敬する事、大事だなと感じます。自分も年をとってきていますが親も同様で、老化現象から色々な老いが見える時があります。尊敬し先生と思って、大事にして参りたいです。