食を乞う 出家修行者を からかって 与えない人 彼は賤民<130>

○少年少女のためのスッタニパータ130
・・・
お腹を空かせた友達が
食べるものないと聞かれたのに
昨日はあったのに
明日になればあるよと言って
友達をからかう人は
心の賤しい非人間。


130.第1 蛇の章 7.賤民経 15

○毎田周一先生訳
食事の時間にやつてきた婆羅門や修道者を
変なことをいつて怒らせ
そして何も与えない人
彼を「賤民」と知るべきである


○中村元先生訳
130
食事のときが来たのに、
バラモンまたは<道の人>を
ことばで罵り食を与えない人、
──かれを賤しい人であると知れ。


○正田大観先生訳
130.
彼が、婆羅門を、あるいは、沙門を、
食事の時がやってきたのに、
言葉で悩ませ、かつまた、〔食を〕与えないなら
――彼のことを、『賤民である』と知るがよい。(15)

○パーリ語原文
130.
ヨー    ブラフマン     サマナン    ワー
‘‘Yo     brāhmaṇaṃ    samaṇaṃ   vā,
彼が    婆羅門を      沙門を    或は

バッタカーレー     ウパッティテー
bhattakāle        upaṭṭhite;
食事の時に       来て

ローセーティ     ワーチャー    ナ    チャ     デーティ
Roseti         vācā        na     ca      deti,
悩ます        言葉で       ない   しかし    与える

タン     ジャンニャー     ワサロー     イティ
taṃ     jaññā          vasalo       iti.
それが   知るべき          賤民         と


○一口メモ
もう一度、婆羅門、出家修業者、乞食者に関する偈です。ブッダの観察、言及は細かいのです。大雑把に、適当ということは決してありません。ですので、今の日本人にはあまりよく解らない感覚についても知っておかないと、微妙な点が解らないのです。

そこで、以前にも引用しましたパラマッタ・ジョーティカーというスッタニパータの注釈書から少し引用します。「この人(婆羅門など)が私の利益を願って、強いて私に功徳を積ませようとしてやってきたとは考えないで、不適当な粗暴なことば悩ませ、ほんのわずかものさえも、その人に与えない。」とあります。

つまり、婆羅門たちが、食を乞いに来るのは、功徳を積ませるために来るという点です。この点は現代日本人には分からないと思います。この点が解らないとブッダの意図が解りにくいとおもいます。ここは、恩を仇で返すというニュアンスもあると思います。

しかし、そうでもなくても、食を乞う人に、言葉で困らせ、いじめ、何も与えないというのは、人間として問題があります。困っている人がいれば助けると言うのが、本来の、自然なあり方でるのだと思います。ですからこのような人は非人間的な、賤民というのです。


食を乞う 出家修行者を からかって 与えない人 彼は賤民<130>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

通りがけ
2013年07月28日 09:41
○仏道無上誓願成○

何かを怖れていると思考のすべてが本能的に自分の身を守ろうと利己的に保身的に働き、自分以外の他者や公衆や自然環境を守る利他的な身を捨てた菩薩行を発心実践することが出来ません。そしてその利己的な心は自分と自分を取り巻く宇宙すべて(色界)に悪いエネルギーを発散して悪い結果をもたらします。悪因悪果善因善果の因果輪廻の宇宙の真理です。お釈迦様はこの宇宙の真理であるダルマを教えてくださり、輪廻を脱するためにはただただ不退転の発菩提心を起こして善因を積む行いに一生を捧げて輪廻転生500世を経て成道成仏できることを、菩提樹の下で成仏なされた後も涅槃へ入らず(入滅せず)この色界に色身をしばしとどめて生老病死苦に怖れ迷い苦しむいっさいの衆生へ仏の大慈悲を垂れ給うて衆生済度の大菩薩行を行い給いてこの苦界の世すなわち迷妄の色界を未来過去永劫導き照らす決して消えることのない仏法の灯を置きおわり給うてから沙羅双樹の下で色身を滅して涅槃に入られた。我ら凡夫に出来ることはお釈迦様が言葉ではなく拈華微笑でお伝えくださり給うたとおり不退転の菩薩行を発心する発菩提心を不動心金剛心で不惜身命愚直に抱き続けることのみであります。
こころざし
2016年03月24日 07:53
慈しみの気持ちを持ち、多少でも施しの実践をする事は、渇愛に溢れた日常の中で、良い方向に心が変わっていく機会になると感じています。また、日常で喜捨をする事は自分も相手も嬉しい・心穏やかな機会になるように思います。
そのような機会を下さる事、心より感謝に思います。しかももし布施がなければ飢え死にする覚悟でやって下さっているんですよね。その姿勢から学ばせて頂きたいです。
たか坊
2016年06月13日 23:40
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪