血統と 財産家柄 自慢して 差別する人 没落必定<104>及び<103>

○少年少女のためのスッタニパータ103.と104.
・・・
一寸の虫にも
五分の魂とは
生命は平等だと意味です。
差別はいけません。


103.と104.第1 蛇の章 6.没落経 13.と14.

○毎田周一先生訳
第六の没落者は
迎言る通りなのはよく解りました
では世尊よ 第七の没落の始まりはどこにあるのでせうか
それをお示しください<103(13)>

血統と財産と
家柄とを誇りながら
而も自分の親戚を軽蔑する人があれば
そこに没落の始まりがある<104(14)>


○中村元先生訳
103
「よくわかりました。おっしゃるとおりです。
これが第六の破滅です。
先生! 第七のものを説いてください。
破滅の門は何ですか?」

104
「血統を誇り、財産を誇り、
また氏姓を誇っていて、
しかも已が親戚を軽蔑する人がいる、
──これは破滅への門である。」


○正田大観先生訳
103.
〔天神が尋ねた〕「かくのごとく、まさに、このことを識知します。
彼は、第六の滅びの者です。
世尊よ、第七の者のことを、説いてください。
何が、滅びつつある者の入り口ですか」〔と〕。(13)


104.〔世尊は答えた〕「その人が、出生を強がり、財産を強がり、
かつまた、氏姓を強がり、
自らの親族を軽んじるなら
――それが、滅びつつあるの者の入り口です」〔と〕。(14)


○パーリ語原文
103.
イティ      ヘータン    ウィジャーナーマ
‘‘Iti       hetaṃ      vijānāma,
そのように  実にそれを   識別する

チャッタモー    ソー     パラーバヴォー
chaṭṭhamo      so      parābhavo;
第六の       彼は     没落する人


サッタマン      バガワー    ブルーヒ
Sattamaṃ      bhagavā     brūhi,
第七の者を     世尊よ      説いて

キン    パラーバワトー       ムカン
kiṃ     parābhavato        mukhaṃ’’.
何が    没落しつつある人の   入口

104.
ジャーティッタッドー    ダナッタッドー
‘‘Jātitthaddho        dhanatthaddho,
出生を誇り          財産を誇り

ゴッタッタッドー   チャ   ヨー   ナロー
Gottatthaddho   ca     yo     naro;
家系を誇り     しかし   彼は   人

サンニャーティン    アティマンニェーティ
Saññātiṃ         atimaññeti,
自分の親族を      軽蔑する

タン    パラーバワトー    ムカン
taṃ    parābhavato      mukhaṃ’’.
それが  没落しつつある者の   入口


○一口メモ
中村先生の訳で考えてみましょう。「血統と財産と家柄とを誇りながら、而も自分の親戚を軽蔑する人があれば、
そこに没落の始まりがある。」 この人は、血統と財産と家柄で自分と他の人々を差別しているのです。自分の血統、財産、家柄を誇るためには、他の人々の血統、財産、家柄と比較して、それらを侮辱しなければ成り立たないのです。

仏教では、自分を他の人々と比較することは「慢」という心の汚れ「煩悩」だと言います。慢には①増上慢(自分が他人より上だと考える)、②同等慢(自分が他人と同等だと考える)、③卑下慢(自分が他人より劣っていると考える)があります。この偈の場合は①増上慢です。傲慢なのです。

他の人々を侮辱する人は、他の人々から侮辱されるのです。他の人々を侮辱する人々は決して尊敬されません。そして、その人の態度の悪さから、人格が否定されるのです。

しかも、この人は親しい間柄の親戚まで軽蔑するのですから、親しい人々からも軽蔑されます。

真理の立場からはどうでしょうか? 生命はすべて平等です。それなのに、生命を、血統、財産、家柄などで差別するとどうでしょうか。真理は真理に反する差別するものを抹殺するのです。それはいろいろな形で現れることを知るべきです。真理を知っている者は、それゆえ差別はできないのです。慢、傲慢、差別は無知だからではありますが、自我によるものなのです。自我は真理に反し、真理を見えなくするものなので、自我を薄め、なくす努力が必要だと思います。


第六の 没落の原因は わかります 第七の原因を 教えて下さい<103>
血統と 財産家柄 自慢して 差別する人 没落必定<104>



○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年07月06日 11:02
死んで天界に行くか地獄に行くか
どちらにしても
これら血統、財産、家柄を
そこに持って行こうというのでしょうか?
何か「魂」か「霊魂」か
そんなものが存在すると思って
それが血統、財産、家柄を小脇に抱えて
保管場所を探して
あっちへウロウロ、こっちへウロウロ?
それとも、一回きりの人生だからって
他人を見下すだけ見下しちゃって
ハイ、サヨナラ、バイバイ、
お・し・ま・い。THE END !

何だか、と~っても恐ろしいです。
お釈迦様の教えを学ぶ機会を得られて
とても幸福です。


こころざし
2016年03月17日 07:31
地元に名門・伝統のある学校があります。そこには社会的な地位的なもののある親が子供をそこに行かせようとする姿勢があるようです。その受験に受からないと子供が辛い目に遭うような印象を感じる事があります。
親族に東大に行っている方がいて子供がそれを話題にする事があります。その時「道徳的に生きれないと東大に行っても意味はないよ」と話しています。その道徳的なものは、生命は平等であり差別をしてはいけないという所と感じています。自分も戒めて参りたいです。