賭け事と 酒と女に 入れ込めば 誰が見ても 彼は没落<106>及び<105>

○少年少女のためのスッタニパータ103.と104.
・・・
君たちはまだ若いから、
そんなことはないと思いますが、
女と酒と賭け事で
身を亡ぼすことが
ないように願います。


105.と106.第1 蛇の章 6.没落経 15.と16.

○毎田周一先生訳
第七の没落者は
迎言る通りなのはよく解りました
では世尊よ 第八の没落の始まりはどこにあるのでせうか
それをお示しください<105(15)>

女と酒と
賭博とにわれを忘れて
得るに従つて浪費する人があれば
そこに没落の始まりがある<106(16)>


○中村元先生訳
105
「よくわかりました。おっしゃるとおりです。
これが第七の破滅です。
先生! 第八のものを説いてください。
破滅の門は何ですか?」

106
「女に溺れ、酒にひたり、
賭博に耽り、
得るにしたがって得たものをその度ごとに失う人がいる、
──これは破滅への門である。」


○正田大観先生訳
105.〔天神が尋ねた〕「かくのごとく、まさに、このことを識知します。
彼は、第七の滅びの者です。
世尊よ、第八の者のことを、説いてください。
何が、滅びつつある者の入り口ですか」〔と〕。(15)


106.
〔世尊は答えた〕「その人が、女について質悪く、酒について質悪く、
かつまた、博打について質悪く、
得たもの、得たものを、失ってしまうなら
――それが、滅びつつあるの者の入り口です」〔と〕。(16)


○パーリ語原文
105.
イティ       ヘータン     ウィジャーナーマ
‘‘Iti        hetaṃ       vijānāma,
そのように   実にそれを    識別する

サッタモー    ソー     パラーバヴォー
sattamo      so      parābhavo;
第七の      彼は     没落する人


アッタマン      バガワー    ブルーヒ
Aṭṭhamaṃ      bhagavā     brūhi,
第八の者を     世尊よ      説いて

キン    パラーバワトー       ムカン
kiṃ     parābhavato        mukhaṃ’’.
何が    没落しつつある人の   入口

106.
イッティドゥットー    スラードゥットー
‘‘Itthidhutto       surādhutto,
女ぐるい         酒びたり

アッカドゥットー   チャ   ヨー    ナロー
Akkhadhutto    ca    yo      naro;
賭博うち       また  者は     男

ラッダン     ラッダン     ウィナーセーティ
Laddhaṃ    laddhaṃ     vināseti,
もうけて     もうけて     失う

タン    パラーバワトー    ムカン
taṃ    parābhavato      mukhaṃ’’.
それが  没落しつつある者の   入口


○一口メモ
この偈はわかりやすいと思います。日本でも昔から言われていることです。中村元先生訳:岩波文庫「ブッダの言葉」のこの偈の注では次の様に書かれています。「俗な表現ではあるが、世間でよく『飲む、打つ、買う』が身を亡ぼすもとであると言うように、それと同じことが説かれている。人間というものは、何千たっても変わらないものだということが解る。」

この説明で終了してもよいのですが、マラマッタ・ジョーティカーというスッタニパータの注釈書には、女ぐるい、酒びたり、賭博打について説明しています。面白いので引用します。

「『女ぐるい』とは、女にうつつを抜かし、何でも有るもの全てをも女に与えて、次から次にと女を手に入れる。同じように自分の全財産をも投げうって酒を飲むことにふけるのが『酒びたり』。着ている上着を投げ捨ててサイコロ賭博に熱中しているのが『賭博うち』。

女、酒、賭博という三つのことで、「もうけても、もうけても、失ってしまいます。」このことは容易に予想でき、没落、滅亡が始まることはよく解ります。

では、これらの三つの事柄は、真理の目からみたらどういうことなのでしょうか?仏教の五戒は、生命が安全に幸福に、暮らせるための法則、全生命、全宇宙の調和という真理の具体的な表現です。ですから、この五戒に反する行為は、真理に違反することであり、それは真理に修正させられます。つまり、没落、滅亡させられるということです。

「女ぐるい」は五戒の三番目「淫らな行為をしない」という戒めに違反しているのです。

「酒びたり」は五戒の五番目「放逸の原因となり人を酔わせる酒・麻薬類を使用しない」という戒めに違反しているのです。

「賭博」は、五戒の三番目「淫らな行為をしない」という戒めに違反していると言えるのです。「淫らな行為をしない」は通常、夫婦間や男女の性的な関係について述べられていますが、「淫らな行為」のパーリ語、「カーメース・ミッチャチャーラ」は「諸欲における邪行」という意味で、賭博などで金を儲けようとすることも、働いで金を稼ぐのと違う邪行と言えるのです。

また、「与えられてないものを取らない」という戒めにも反すると思います。働いで何か役に立つことをするのではなく、働くことなしに、相手の金を奪おうとすることです。実際には、奪えることはなく、奪われてしまうのですが、真理に反する行為をしようとする意図の反動なのです。


第七の 没落の原因は わかります 第八の原因を 教えて下さい<105>
賭け事と 酒と女に 入れ込めば 誰が見ても 彼は没落<106>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

いけざきなかひこ
2013年07月07日 06:59
ワンギーサさん、おはようございます。
今日は澄み切った日差しの日曜日ですね。
湿度も今のところ低く
とても目覚めも良かったです。

珍しく?この偈は自分にはあんまし関係ないなあ、と思いました。
でも注意深く注釈を読むと
案外そうでもないかな?と感じたり・・・。

酒、賭博、については
私は全く興味ありませんが
異性(女性)については(私はマダ若いので)興味アリすぎますので
一人の女性だけを愛せればなあ、と考えております。
おそらく在家という立場ならば
これは、まったく問題ないかと思ってます。
(私の人生の中で
出家は一度たりとも考えたことありませんが・・・苦笑)
水口かよこ
2013年07月07日 15:53
酒,女,賭博.男性に対して語られたのだろうと想像しました.

酒も博打も,女(本能的な欲望を満たすため)もコレで最後と思う,コレがまた業を引き起こすのでしょう.コレで気が済んだ最後だといっても,その最後のコレが,また業を引き起こすのだからそういう心では,気持ちよく捨てることは無理だと思います.

簡単に捨てるもの,守るものと頭を区別すればよいと思う.

頭に

酒がでたら,すぐに洗う
賭け事がでたら,すぐに洗う
女が出たら,すぐに洗う

結婚しても子作りのため,元気な子供でありますようにとの思い出,子作りをお互いしたいです.
櫻井由紀
2013年07月07日 18:58
ワンギーサ先生、
今日はゴータミー精舎で大変お世話になり
どうも有り難うございました。
理解していなかったバーラドヴァージャ経の
解説資料をいただき、早速読み
何度も何度も読み返す事で
どうにかこうにか理解出来ました。
有難うございました。
今後も幾度と無く
理解出来ない箇所が出てくると思います。
その節はご指導、よろしくお願い致します。

真理に反した行為をしないよう
五戒を守ります。
こころざし
2016年03月18日 07:39
お酒を基本的にやめて数か月になりますが(実家で出てきた母手作りの梅酒は飲みました)特に困る事はありません。
性欲を助長するものを止めていますが、特に問題にならないので、今までそういう事に時間・労力・お金を使っていた自分に無明を感じます。
酒や異性、気を付けないとその欲望を満たす事に走り出しそうです。戒めて参ります。