雪山よ 今日は満月 浄めの日 ゴータマ仏陀に お目にかかろう<153>

○少年少女のためのスッタニパータ153.
・・・
満月の日は
満月のように
まんまるな心になれるから
目をつぶって静に座ってみよう。


153.第1 蛇の章 9.雪山夜叉経 1.

○毎田周一先生訳
153(1)
「今日は十五日の『浄め』の日である
                とサーター山に住む者はいつた
聖らかな夜が近づいて来る
さあいつしよに至高の名をもたれる師ゴータマにお目にかかろう 


○中村元先生訳
153
七岳という神霊(夜叉)がいった、
「今日は十五日のウポーサタである。
みごとな夜が近づいた。
さあ、われわれは世にもすぐれた名高い師ゴータマ(ブッダ)にお目にかかろう。」


○正田大観先生訳
153.
かくのごとく、サーターギラ夜叉が〔言った〕
「今日、十五〔日〕は、斎戒〔の日〕(布薩)です。
〔神聖にして〕天なる夜が、やってきました。
至上の名ある方に、〔世の〕教師たる方に、ゴータマ〔姓〕の方(ブッダ)に、さあ、〔わたしたちは〕お目にかかるのです」〔と〕。(1)

○パーリ語原文
153.
アッジャ    パンナラソー     オポサトー
‘‘Ajja       pannaraso      uposatho,
今日は     十五日の       布薩

イティ     サーターギロー    ヤッコー
(iti       sātāgiro        yakkho)
と言う     七岳           夜叉

ディッバー    ラッティ    ウパッティター
Dibbā       ratti      upaṭṭhitā;
清らかな     夜が      近づいた

アノーマナーマン    サッターラン
Anomanāmaṃ      satthāraṃ,
最高の名のある     教師に

ホンダ     パッサーマ     ゴータマン
Handa     passāma       gotamaṃ’’.
さあ       お目にかかろう    ゴータマに


○一口メモ
今日から、「雪山夜叉経」が始まります。この経の登場人物は、世尊と七岳夜叉と雪山夜叉であります。この経は、七岳夜叉が雪山夜叉に「世尊を訪ねよう」と誘うところから始まります。

153番の偈を唱えた七岳夜叉とは、夜叉の王で、同じく夜叉の王である雪山夜叉と共に迦葉仏(ゴータマ仏の前のブッダ)の時、三蔵受持の比丘でありましたが、非法論者の比丘の願いを入れて法論者の比丘に反対しました。そのため、戒律を破ったので、ヒマラヤ山に夜叉として生まれました。しかし、ゴータマ仏陀の転法輪に会い、七岳夜叉を導き、その法を聞き、仏陀に帰依します。

雪山夜叉経では、この二人の夜叉の問答、夜叉と世尊の問答を通じて、次のような仏教の重要な問題について述べられることになります。

世尊の心、
世尊の戒、
世尊の徳、
世間・親しみ・捕われ・悩みの原因
執着・出離・解脱
暴流(煩悩)わたる戒定慧

この153番の偈の「十五日の布薩」について、少し説明します。布薩とは満月と新月の日に比丘たちが行う懺悔の儀式(浄めの日)です。在家の仏教徒もその日は八戒を守って仏教修行を行います。ある満月の布薩の日から次の布薩の日(新月)まで15日目の時と、14日目があります。またその次の布薩の日(満月)までも15日目の時と14日目の時があります。この15日目の満月の時の布薩を「十五日の布薩」と言います。


雪山よ 今日は満月 浄めの日 ゴータマ仏陀に お目にかかろう<153>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

水口かよこ
2013年08月16日 08:57
満月って昔は山の中を、明るく照らしたんでしょうね。ホッとする感じだったのかな。ブッダを感じた時、ホットさしていただいたり。涙が流れたり、ご勇気をいただいたり、慰めて頂いたり、
みき
2013年08月16日 10:13
こんにちは
仏教では満月の夜は清らかな夜といったイメージでとらえているんですね~。
世間や社会では、考え方の一部ですが、報道やデータなどで、満月の夜は犯罪率が上がるので、犯罪に合わないように気をつけようという捉え方があります。世間や社会と仏教では物事に対する捉え方が違うところが沢山あって勉強になります。
櫻井由紀
2013年08月16日 11:16
かつて三蔵受持の比丘であった
七岳夜叉と雪山夜叉の
御二人ならではの
高度な質疑問答がなされそうですね。
お釈迦様の
回転する輪宝が
何をどのように
打ち砕き
悟りの道へ導かれるのか
楽しみです。
頑張って理解、納得できるよう
努力致します。
こころざし
2016年03月31日 07:57
世尊と七岳夜叉と雪山夜叉のお話の流れ、とても興味深いです。これまでの印象とは少し違う感じもします。次の流れが楽しみです。
満月の日に布薩をイメージする事はありますが、特別何かしている分けでは、現状ありません。
今以上に修行したい気持ちはあるので、その機会を増やす意味でも、布薩の日をその実践の機会にする事を考えたいです。
ノブ
2019年09月16日 23:13
ここ二日、私の住んでいる地域では非常に美しい満月とそれに近い月が出ていて、涼しい風が夜を渡るのを受けているだけでも、大変心地の良いものです。
この七岳と雪山の会話のシーンは、経典の中でも特に好きなシーンです。
ヒマラヤ地域の、頂き付近に雪を湛えて月に輝く厳峰を背景に、青い夜を清涼な風と共に渡る二人が、ブッダに会いに行くと言う、とても絵になるシーンだと思います。