その人は 慈悲の心で 働くか 快不快なく 行動するか<154>及び<155>

○少年少女のためのスッタニパータ154.155.
・・・
好きな人にも
嫌いな人にも
差別しないで、平等に
付き合えますか?


154.155.第1 蛇の章 9.雪山夜叉経 2.3.

○毎田周一先生訳
154(2)
「その人の心は
            と雪山に住む者が問ふた
すべての生きものと一つに融けて
快いことにも不快なことにも自由に働いてゐるか」

155(3)
「その人の心は
            とサーター山に住む者が答へた
すべての生きものと一つに融けて
快いことにも不快なことにも自由に働いてゐる」


○中村元先生訳
154
雪山に住む者という神霊(夜叉)がいった、
「このように立派な人のこころは
一切の生きとし生けるものに対してよく安立しているのだろうか。
望ましいものに対しても、望ましくないものに対しても、
かれの意欲はよく制されているのであろうか?」

155
七岳という神霊は答えた、
「このように立派なかれ(ブッダ)のこころは、
一切の生きとし生けるものに対してよく安立している。
また望ましいものに対しても、望ましくないものに対しても、
かれの意欲はよく制されている。」


○正田大観先生訳
154.
かくのごとく、ヘーマヴァタ夜叉が〔尋ねた〕
「どうでしょう、如なる方(ブッダ)の意は、一切の生類にたいし、
善く向けられていますか。
どうでしょう、好ましいものにたいし、さらには、好ましくないものにたいしても、
彼の、諸々の思惟は、〔分け隔てなく〕自在に為されていますか」〔と〕。(2) 155.
かくのごとく、サーターギラ夜叉が〔答えた〕
「さてまた、如なる方の、彼の意は、一切の生類にたいし、善く向けられています。
しかして、好ましいものにたいし、さらには、好ましくないものにたいしても、
彼の、諸々の思惟は、〔分け隔てなく〕自在に為されています」〔と〕。(3)

○パーリ語原文
154.
カッチ    マノー    スパニヒトー
‘‘Kacci    mano     supaṇihito,
どうか    意は     良く向けられた

イティ    ヘーマワトー    ヤッコー
(iti      hemavato      yakkho)
と       雪山         夜叉

サッバブーテース      ターディノー
Sabbabhūtesu        tādino;
あらゆる生類に対して   そのような彼の

カッチ   イッテー         アニッテー           チャ
Kacci    iṭṭhe           aniṭṭhe              ca,
どうか   好ましいもの対して  好ましくないものに対して  また

サンカッパッサ    ワスィーカター
saṅkappassa     vasīkatā’’.
思考は         自在である

155.
マノー    チャッサ    スパニヒトー
‘‘Mano    cassa      supaṇihito,
意は    また いる    良く向けられて

イティ     サーターギロー     ヤッコー
(iti       sātāgiro          yakkho)
と       七岳            夜叉

サッバブーテース      ターディノー
Sabbabhūtesu        tādino;
あらゆる生類に対して   そのような彼の


アトー    イッテー         アニッテー           チャ
Atho     iṭṭhe           aniṭṭhe              ca,
更に     好ましいもの対して  好ましくないものに対して  また

サンカッパッサ     ワスィーカター
saṅkappassa      vasīkatā’’.
思考は          自在である


○一口メモ
七岳夜叉が、雪山夜叉に「ゴータマ仏陀にお目にかかろう」と誘いますが、雪山夜叉はゴータマ仏陀がどのような方かまだよく知りません。

そこで、雪山夜叉は、世尊(ゴータマ仏陀)の御心はどのようなものか、七岳夜叉に問います。それが最初の偈です。

「世尊の御心は、あらゆる生類に対して、よく向けられているでしょうか?」これは、「すべて生命に対して慈悲の心を持っているでしょうか」ということです。

次の問は、「好ましいものに対しても、好ましくないことに対しても、動揺することなく、差別する考えはなく、平等な態度をとっているでしょうか?」

この二つの問は、非常に重要な問です。この問いは、「世尊は悟られた方でしょうか」と問うことと同じことです。その理由は、慈教を学ばれた皆様にはよく解ることだと思います。

その問に対して、七岳夜叉は「世尊はすべての生命に対して、慈悲の心を持っています。好ましいものに対しても、好ましくないことにたいしても、動揺することなく、差別することなく、平等な態度をとっている。」と答えます。すなわち、世尊は悟られた方だと答えたのです。


その人は 慈悲の心で 働くか 快不快なく 行動するか<154>

その人は 慈悲の心で 働いて 快不快なく 行動するよ<155>



○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

水口かよこ
2013年08月17日 05:35
生きとし生けるものが幸せでありますように

迷う事なく、動ずる事なく、この道を行く。

生きとし生けるものが幸せでありますように
櫻井由紀
2013年08月17日 18:07
いきなり高次元の問答になりましたね。
一番始めに最も重要な問いがなされるのは
この御二人の賢者ぶりが
表わされているのでしょうね。
こころざし
2016年03月31日 23:42
どのような方にも慈悲の心で、差別なく平等に接するという事は、俗世間ではありえない・・と感じました。まさに悟った方と思います。
容易に好きや嫌いが出てしまいますが、慈しみの気持ちを持ってどなた様にも温かい接遇が出来るような姿勢になりたいです。