生きるとは いかなることか 人間は 何を愛して 何に悩むか<168>及び<169>

○少年少女のためのスッタニパータ168.169.
・・・
生きるとは、
何かを見て、何かを聞いて、
何かを嗅いで、何かを味わい、
何かに触れて、何かを思うこと。


168.169.第1 蛇の章 9.雪山夜叉経 18.19.

○毎田周一先生訳
168.
「世間は何によつて成り立つて居るのでせうか
                と雪山に住む者が問ふた
愛着するとは何によつて起るのですか
世間の人は何につかまり
そして何によつて悩まされるのですか」

169.
「六つのものの感受で世間は成り立つて居る
                雪山に住む者よと 世尊は答えられた
六つのものを感受することによつて愛着が起こり
世間の人は外ならぬ六つのものにつかまり
六つのものによつて悩まされてゐる


○中村元先生訳
168
雪山に住む者という神霊がいった、
「何があるとき世界は生起するのですか? 
何に対して親しみ愛するのですか? 
世間の人々は何ものに執著しており、
世間の人々は何ものに悩まされているのですか?」

169
師は答えた、
「雪山に住むものよ。六つのものがあるとき世界が生起し、
六つのものに対して親しみ愛し、
世界は六つのものに執著しており、
世界は六つのものに悩まされている。」



○正田大観先生訳
170.(168) 
かくのごとく、ヘーマヴァタ夜叉が〔尋ねた〕
「何にたいし、世〔の人々〕は生起したのですか。
何にたいし、〔世の人々は〕親愛〔の情〕(愛着の思い)を為すのですか。
何に、世〔の人々〕は執取して、
何について、世〔の人々〕は打ちのめされるのですか」〔と〕。(18) 171.(169) 
かくのごとく、世尊は〔答えた〕
「ヘーマヴァタよ、六つのもの(色・声・香・味・触・法)にたいし、世〔の人々〕は生起しました。
六つのものにたいし、〔世の人々は〕親愛〔の情〕を為します。
まさしく、六つのものに、〔世の人々は〕執取して、
六つのものについて、世〔の人々〕は打ちのめされます」〔と〕。(19)

○パーリ語原文
170.
キスミン     ローコー     サムッパンノー
‘‘Kismiṃ     loko        samuppanno,
何において   世間は      生起した(か)

イティ    ヘーマワトー     ヤッコー
(iti      hemavato       yakkho)
と      雪山           夜叉

キスミン     クッバティ      サンタワン
Kismiṃ      kubbati       santhavaṃ;
何において   為す(か)      親愛を

キッサ    ローコー     ウパーダーヤ
Kissa     loko        upādāya,
何に     世間は      執着する(か)

キスミン     ローコー    ウィハンニャティ
kismiṃ      loko       vihaññati’’.
何において   世間は     打たれる(か)

171.
チャス        ローコー     サムッパンノー
‘‘Chasu        loko        samuppanno,
六つにおいて   世間は       生起した

ヘーマワターティ     バガワー
(hemavatāti        bhagavā)
雪山よと          世尊は        

チャス         クッバティ      サンタワン
Chasu         kubbati        santhavaṃ;
六つにおいて    為す          親愛を

チャンナメーワ     ウパーダーヤ
Channameva      upādāya,
六つだけに       執着して

チャス       ローコー     ウィハンニャティ
Chasu       loko        vihaññati’’.
六において    世間は      打たれる 


○一口メモ
雪山夜叉は世尊に死の恐怖を克服する方法を、直接訊くのではなく、死について考えたようですね。死とは生の終わり、生の反対ですね。死を理解するには生、すなわち生きることについて知らなければならないと思ったのです。

ところで、経典で世間(世界)というところは、生きもの、生命(人間)とした方が解りやすい場合が多いのです。この偈においてもその通りです。

「世間は何によつて成り立つて居るのでせうか」とか「何があるとき世界は生起するのですか?」と言う意味は「生きているとはどういうことでしょうか?」ということです。

雪山夜叉は世尊に、死について質問するのではなく、生について質問したのです。

生命(人間)が生きることは何によって成り立っているか質問しました。

そして、生命(人間)は何に親しむのか質問しました。

また、生命(人間)は何に執着するのか質問しました。

更に、生命(人間)は何によって悩まされるのか質問しました。

これらの質問に対して、世尊は次のように答えます。

「生きることは六つによって成り立っている」と答えます。六つとは六つの内処(眼・耳・鼻・舌・身・意)と六つの外処(色・声・香・味・触・法)です。

ですから、以下の質問の答えは、「六内外処に親しむ。」、「六内外処に執着する。」、「六内外処に悩まされる。」ということになります。

このように、生きることについて世尊に分析して頂くと、今までごちゃごちゃ、何が何だかわからないままに悩んでいたことも整理できます。ただ、整理できても悩みは解決しません。夜叉たちはさらに世尊に質問することになります。


生きるとは いかなることか 人間は 何を愛して 何に悩むか<168>及び<169>

生きるとは 六つのことです 人間は 六つを愛して 六つに悩む<169>



○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年08月25日 16:32
そうですね。
因果法則に気が付けば
「生」と「死」の関係も
明らかになる事に気付いたのですね。
生きているから
まずは「生」について質問したのですね。
そしてお釈迦様は
六根を守らない事が
「苦」を克服出来ない理由であると
説かれたのですね。
こころざし
2016年04月03日 09:38
以前は自分?人間?というのはとても複雑で、子供?のように無邪気には生きられない・・と無知で思っていました。ですが、こちらで学びその真のシンプルさに驚きました。複雑に思っていたのはまさに自身の錯覚・捏造等だったんですね。お陰様でこれ以上は落ちない状況は得られました。今後は心を成長させて、そこから上がれるように努めたいです。