人間は 何に悩むか どうすれば その悩みから 解放されるか<170>、<171>及び<172>

○少年少女のためのスッタニパータ170.171.172.
・・・
人間は六つのタイで悩みます。
見たい、聞きたい、
嗅ぎたい、味わいたい、
触りたい、考えたい。


170.171.172.第1 蛇の章 9.雪山夜叉経 20.21.22.

○毎田周一先生訳
170.
「それによつて世間の人が悩まされてゐる執著とは何を掴むのでせうか
それからどうして解放され 
どうしたら苦しみから自由になれるでせうか
お教え下さい」

171.
「世間には五つの感覚を唆かすものがあり
心の中にその第六のものがあることはよく知られてゐる
そこでこれらに向ふ欲望を離れるところにこそ
苦しみからの解放があるのである

172.
「あなた方のために 
この世間からどうして脱け出るかを真理に従つて説き明かした
あなた方に私ははつきりといふ
ーーーそのやうにして正に苦しみから解放されると」


○中村元先生訳
170
「それによって世間が悩まされる執著とは何であるか? 
お尋ねしますが、
それからの出離の道を説いてください。
どうしたら苦しみから解き放たれるのでしょうか。」

171
「世間には五種の欲望の対象があり、
意(の対象)が第六であると説き示されている。
それらに対する貪欲を離れたならば、
すなわち苦しみから解き放たれる。

172
世間の出離であるこの道が汝らに如実に説き示された。
このことを、われは汝らに説き示す、
──このようにするならば、
苦しみから解き放たれるのである。」


○正田大観先生訳
172.(170) 
〔ヘーマヴァタ夜叉が尋ねた〕
「そこにおいて、世〔の人々〕が打ちのめされるとして、
どのようなものが、〔まさに〕その、執取〔の対象〕となるのですか。
〔問いを〕尋ねられた者として、〔迷いの世からの〕出脱〔の道〕を説いてください。
どのように、苦しみから解き放たれるのですか」〔と〕。(20)

173.(171) 
〔世尊は答えた〕「世における五つの欲望の対象(五妙欲:色・声・香・味・触)が、
第六のものとして意〔の対象〕(法)が、〔あなたたちに〕知らされました。
ここにおいて、欲〔の思い〕を離貪させて、
このように、苦しみから解き放たれるのです。(21)

174.(172) 
このことが、あなたたちに真実のとおりに告げ知らされた、
〔迷いの〕世からの出脱〔の道〕です。
このことを、わたしは、あなたたちに告げ知らせます。
このように、苦しみから解き放たれるのです」〔と〕。(22)

○パーリ語原文
172.
カタマン     タン    ウパーダーナン
‘‘Katamaṃ   taṃ     upādānaṃ,
どちらかが   その     執着に

ヤッター    ローコー     ウィハンニャティ
yattha     loko        vihaññati;
そこで     世間が      打たれる

ニッヤーナン     プッチトー         ブルーヒ
Niyyānaṃ       pucchito          brūhi,
出離を        問われた者として    説いてください

カタン      ドゥッカー     パムッチャティ
kathaṃ     dukkhā       pamuccati’’.
どのように   苦しみから     解放される(か)

173.
パンチャ    カーマグナー    ローケー
‘‘Pañca     kāmaguṇā      loke,
五つの     欲望の対象     世間には

マノーチャッター   パウェーディター
manochaṭṭhā     paveditā;
第六の意が      説かれている

エッタ    チャンダン    ウィラージェトゥワー
Ettha    chandaṃ     virājetvā,
ここで   貪欲を       離れれば

エーワン      ドゥッカー    パムッチャティ
evaṃ        dukkhā      pamuccati.
このようにして  苦から      解放される

174.
エータン    ローカッサ    ニッヤーナン
‘‘Etaṃ     lokassa       niyyānaṃ,
これが     世間の       出離

アッカータン    ヴォー    ヤタータタン
akkhātaṃ     vo       yathātathaṃ;
告げられた   あなた方に   如実に

エータン    ヴォー      アハマッカーミ
Etaṃ      vo         ahamakkhāmi,
これを     あなた方に   私は告げる
エーワン     ドゥッカー     パムッチャティ
evaṃ       dukkhā       pamuccati’’.
このように    苦から       解放される


○一口メモ
今回の三つの偈は、雪山夜叉経の核心であると同時に、仏教の核心です。生命(人間)はこれが解らないから、悩み苦しみの輪廻を繰り返してきたのです。

170偈で、「人間が悩まされる執着とは何か?」、「どうしたらその悩まされる執着から解き放たれるのか?」が質問されます。

171偈で、「六種の欲望の対象への執着が人間を悩ますのである。」と答えられる。そして、「六種の欲望の対象に対する貪欲を離れることで、苦しみから解き放たれる。」と教えられるのです。六種の欲望の対象とは色・声・香・味・触・法です。

172偈で、「これは世間の出離である。」と説かれます。この意味は少し解り難いと思います。欲望を満たそうとするのが世間です。しかし、ここでは欲望から離れることを述べていますので、世間から出離なのです。

この三つの偈で、仏教の核心である四聖が述べられているのです。①苦諦、苦があり、②集諦、苦の原因が欲望であることが明らかにされ、③滅諦、欲望から離れることで苦が滅することが述べられて、④道諦、このようにして苦が滅することが述べられました。


人間は 何に悩むか どうすれば その悩みから 解放されるか<170>

人間は 六つの欲に 悩みます 欲を避ければ 解放される<171>

世間から 出離をすれば 解放だ そのようにして 解放される、172>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年08月26日 10:56
六根をしっかりと守らなければ
自分勝手な主観で
判断したり
価値基準を作り上げてしまい
「苦」を増幅させてしまいますね。

一切皆苦

生きとし生けるものが幸せでありますように
noritarou
2013年08月26日 11:45
これだけ真理が言葉にされ、実践され、語り継がれていても、涅槃に達する方が少ないのは、なぜでしょうか?

涅槃に達することが出来なくても、
日々、慈悲の心を支えに、意志も無常、肉体は不浄、識欲を厭い、死を日常的に受け入れ、不確実な生を理解し、死を覚悟することで、たくさんの生命エネルギーが生まれているように感じます。
でも、これはただの概念遊びに似ています。
経済行為をやめ、託鉢で生活しないと、本当の体感は得られないと思います。
今、腕の血を吸っている蚊に慈悲の気持ちを込めながら書いています。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
こころざし
2016年04月03日 09:40
感じる事に執着する事で苦が生じる、との視点で自分を見るとまさにそのものと思います。それを捨てると悩み・苦しみ事態が消失するように感じます。
そのような執着を真の意味で捨てれるように精進したいです。