ほんとうに 何がこの世の 富なのか 何をなしとげ 楽になるのか<181>及び<182>

○子供のためのスッタニパータ181.182.
・・・
人は皆、富を求めます。
しかし、それが財産であれば、
心の安穏をもたらしません。
心の安穏をもたらすものは、
動揺しない心、確信なのです。


181.182.第1 蛇の章 10.アーラワカ夜叉経 1.2.

○毎田周一先生訳
181(1)
何がこの世の最上の富なのでせうか
何をなしとげて 平安にゆきつくのでせうか
まことに何が味の中の味なのでせうか
どのように生きたら それを最も気高い人生といふのでせうか」

182(2)
「信ずることが この世の富であり
真理に適ふことをなしとげて 平安にゆきつくのである
まことに真理こそ味の中の味であり
智慧を以て生きること それを最も気高い人生といふ」


○中村元先生訳
181
「この世で人間の最高の富は何であるか? 
いかなる善行が安楽をもたらすのか? 
実に味の中での美味は何であるか? 
どのように生きるのが最上の生活であるというのか?」

182
「この世では信仰が人間の最上の富である。
徳行に篤いことは安楽をもたらす。
実に真実が味の中で美味である。
知慧によって生きるのが最高の生活であるという」


○正田大観先生訳
183.(181) 
〔アーラヴァカ夜叉が尋ねた〕
「いったい、何が、この〔世において〕、人にとって、最勝の富となるのですか。
いったい、何が、善く行じおこなわれたなら、安楽をもたらすのですか。
いったい、何が、まさに、諸々の味のなかでは、より美味なるものとなるのですか。
どのように生きる生命を、〔賢者たちは〕『最勝のもの』と言うのですか」〔と〕。(1) 184.(182) 
〔世尊は答えた〕
「信が、この〔世において〕、人にとって、最勝の富となります。
法(教え)が、善く行じおこなわれたなら、安楽をもたらします。
真理が、まさに、諸々の味のなかでは、より美味なるものとなります。
知慧によって生きる生命を、〔賢者たちは〕『最勝のもの』と言います」〔と〕。(2)

○パーリ語原文
183.
キン     スーダ     ウィッタン     プリサッサ    セッタン
‘‘Kiṃ     sūdha      vittaṃ       purisassa    seṭṭhaṃ,
何が    一体この世で  富(か)      人にとって    最高の

キン   ス    スチンナン     スカマーワハーティ
kiṃ   su     suciṇṇaṃ      sukhamāvahāti;
何が  一体   よく行なわれて   幸福をもたらす(か)

キン    ス    ハウェー   サードゥタラン      ラサーナン
Kiṃ    su     have      sādutaraṃ        rasānaṃ,
何が   一体   確かに    より美味で(あるか)   諸々の味の中で

カタン     ジーウィン    ジーウィタマーフ    セッタン
kathaṃ    jīviṃ        jīvitamāhu        seṭṭhaṃ’’.
どのように  生きる      生命を 言う(か)    最高(と)


184.
サッディーダ     ウィッタン      プリサッサ     セッタン
‘‘Saddhīdha      vittaṃ        purisassa     seṭṭhaṃ,
信が この世で    富          人にとって    最高の

ダンモー     スチンノー      スカマーワハーティ
Dhammo     suciṇṇo        sukhamāvahāti;
真理が      よく行なわれて   幸福をもたらす

サッチャン     ハウェー     サードゥタラン     ラサーナン
Saccaṃ       have        sādutaraṃ      rasānaṃ,
真実は       確かに      より美味だ      諸々の味の中で

パンニャージーウィン     ジーウィタマーフ     セッタン
paññājīviṃ           jīvitamāhu         seṭṭhaṃ’’.
智慧によって生きる       生命を 言う         最高(と)


○一口メモ
アーラワカ夜叉の最初の質問は「この世で人間の最高の富は何であるか?」です。これに対して、昨日の記事のコメントで二人の方が答えてくれました。

櫻井由紀さんは「仏法僧に三帰依する事」=「揺るがない、確信をもってお釈迦様の教えを学び続ける」ことと答えてくれました。

もう一人は花咲か爺さんです。「心の安穏」と答えてくれました。

ブッダの答えは、「信」ですから、櫻井由紀さんはブッダの答えと一致します。しかし、アーラワカ夜叉は、四つの質問を続けてしましたから、ブッダの答えは始めに「信」と答えて、信は幸福(心の安穏)のためですから、すぐに「心の安穏」とは答えなかったと考えれば、花咲か爺さんの答えも正解でしょう。

夜叉の四つの質問とブッダの答えについて、簡単に説明します。始めの「信」は、一般の宗教では信仰と訳されます。中村先生も信仰と訳されています。仏教では信とは理解に基づく確信を言うのです。盲信ではなく、理解することが必要なのです。

二番目の質問は「何を行えば、幸福になるのでしょうか?」ということです。
ブッダの答えは「真理を行えば、幸福になります。」です。真理とは一つです。難しく考える必要はありません。真理とは「生きとし生けるものが幸せでありますように」であります。これを実践すれば幸福になるのです。実践すれば、これが真理であることが分かるはずです。

三番目の質問は「諸々の味の中で何がより美味なのか?」です。ブッダの答えは「真実」です。注釈書によれば、いろいろな食べ物の味は体を肥らせ、煩悩で汚れた楽をもたらすが、真実は寂止と観察などによって心を豊かにし、煩悩に汚れない楽をもたらすとあります。真実と真理は微妙な違いがありますが、最高の真実は真理でしょう。そう考えると、ここでは「より美味」と述べられていますが、「最高の美味」は真理でしょう。

四番目は、「どのように生きる生命を最高のものと言いますか?」です。ブッダの答えは、「智慧によって生きる生命です。」これは真理によって生きる生命です。智慧がなければ、真理によって生きることが出来ないからです。「生きとし生けるものが幸せでありますように」と思って生きようとしても、実際には智慧がなければ実践できません。しかし、そのように思いながら、実践すれば智慧も生まれてきます。心配することはありません。明るく元気よく「生きとし生けるものが幸せでありますように」を実践しましょう。


ほんとうに 何がこの世の 富なのか 何をなしとげ 楽になるのか<181>

ほんとうに 確信こそが 富なのだ 真理に生きて 幸福になる<182>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。

この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年08月31日 11:17
お釈迦様の仰る
「智慧」を前提にした「慈悲」で
生きとし生けるものが幸せでありますように

お釈迦様の仰る
非常に「科学的」で「現実的」な教えで
生きとし生けるものの
悩み苦しみが無くなりますように

「真理」って
どんな味ですかね。
こころざし
2016年04月05日 12:05
以前家族とした宗教談?で「お題目を唱えて心が明るくなるならそれで十分だ(理由なんか知らなくても)」と言った義母と、真理をこちらで学ばせて頂いて何が大事なのかが多少でも分かっている(つもり)の私との大きな違いを感じました。その何故?を知っているか・いないかで無明かそうでないかの差が出るように思います。
真の意味で心が安定するように、智慧がつけれる様に実践をし、そして本当の意味での楽を得て参りたいです。