皆さまが 幸せであり ますように 私の話し よく聞きなさい<222>

○少年少女のためのスッタニパータ222.
・・・
ここに集まった
少年少女諸君。
幸せでありますように。
そのために、
私の話しをよく聞いてください。


222.第2 小さな章 1.宝経 1.

○日本テーラワーダ協会訳
1.
ここに集いし諸々の精霊は、
地に棲むものたちも虚空に棲む者たちも、
一切の精霊は、心喜ぶがよい。
そして、我が語るところを謹んで聞くがよい。


○中村元先生訳
222
ここに集まった諸々の生きものは、
地上のものでも、空中のものでも、
すべて歓喜せよ。
そうしてこころを留めてわが説くところを聞け。


○正田大観先生訳
224.(222) 
彼ら、ここに集いあつまった精霊たちは――
あるいは、地上にあるものたちも――
あるいは、彼ら、空中にあるものたちも――
まさしく、一切の精霊たちが、悦意の者たちと成れ。
しかして、また、〔わたしの〕語るところを、謹んで聞け。(1)

○パーリ語原文
224.
ヤーニーダ     ブーターニ     サマーガターニ
Yānīdha       bhūtāni        samāgatāni,
彼ら・ここに    生きものたち     集まった

ブンマーニ     ワー    ヤーニ    ワ     アンタリッケー
bhummāni     vā      yāni      va     antalikkhe;
土地に       或は    彼ら     或は    虚空に

サッベーワ     ブーター     スマナー     バワントゥ
Sabbeva       bhūtā       sumanā      bhavantu,
一切・まさしく    生きものは    よい心       あれよ

アトーピ     サッカッチャ     スナントゥ     バースィタン
athopi       sakkacca      suṇantu      bhāsitaṃ.
時に・また       尊敬して         聞け           語ることを


○一口メモ
この偈から、「宝経」が始まります。「宝経」についてはスマナサーラ長老が2001年に京都の宝泉寺で行われた「初期仏教宿泊冥想実践会」で説かれた「宝経」の解説をまとめた小冊子があります。それを参考に、宝経はどのような経なのか説明します。

お釈迦様の時代、インドのワッジー国にウェーサーリーという都がありました。ある時その都が大変不幸なことになってしまいました。長い間雨が降らないため、作物が実らなくなりました。そのため、飢饉で多くの人々が餓死しました。また伝染病も蔓延しました。どこを見ても死体の山になりました。その上、悪霊が集まり、人々を悩まし、苦しめました。干ばつ、伝染病、悪霊の三重苦が襲ったのです。

困り果てたウェーサーリーのある人が、「ブッダに来て頂いたらどうだろう」と言い出して、みんながそれに賛成しました。その時、お釈迦様はマガダ国の都、王舎城におられたので、ウェーサーリーの人々はマガダ国のビンビサーラ王にお願いしました。王はお釈迦様のよろしければということで、彼らはお釈迦様にウェーサーリーに来ていただくようにお願いしました。お釈迦様は「いいですよ、行きましょう」と仰いました。

マガダ国王は飢餓や伝染病で死体が積み重なったところに、お釈迦様が行かれるのを心配して、都からガンジス河の渡し場までの道をすっかり整備して、たくさんの阿羅漢のお弟子と共に、自分も河岸まで見送りました。一方ウェーサーリーでも、都までの道をきれいに整備して国王が河岸までお迎えしました。お釈迦様の行かれる所はいろいろな神々がお伴するので、悪霊たちはいられなくなり全部逃げ去りました。またお釈迦様が向こう側に足を一歩踏みいれると、大雨が降り出して、町はきれいになり、すべての死体もガンジス河に流し出されました。

これで、問題は解決しましが、せっかくお釈迦様に来て頂いたので、祝福して頂きたいということになりました。
お釈迦様は、アーナンダ尊者に「宝経」を教え、アーナンダ尊者はその「宝経」を唱えながら、ウェーサーリーの町を一回りして祝福したということです。尚、宝経の宝は仏法僧のことであり、この経典は昔から祝福経典として、篤く信仰されてきました。その理由は、この経全体を読み終わればよくわかるでしょう。

宝経は17偈で構成されていますが、その第1偈(222番)のを読んでみましょう。この偈は挨拶の言葉です。
「一切の精霊は、心喜ぶがよい。」とか「すべて歓喜せよ。」という言葉の意味は、「心に喜びがありますように」というような意味です。また、パーリ語の「ブーター」の意味は、精霊と訳してありますが、「既に生まれている生命」という意味で、精霊(非人、鬼神)にだけではなく、ここに集まれたすべての皆さんという意味で使っているのです。スマナサーラ長老の意訳では「ここに集まれた皆様に、こころの喜びがありますように。これから話す言葉をよく謹んで聴いてください。」ということになっています。


皆さまが 幸せであり ますように 私の話し よく聞きなさい<222>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年09月30日 09:21
はい、先生。
御願い致します。

生きとし生けるものが幸せでありますように
とけい
2013年09月30日 14:25
ワクワクさせる始まり方ですね。明日から楽しみにしています。
MK
2013年10月01日 00:45
お釈迦様は全ての生命が喜ぶようにと願って話し始めるのですね。堂々とした姿勢に強い自信を感じます。
僕もそうなれる様にと、謹んで耳を傾けようと思います。
こころざし
2016年04月15日 11:26
本文の、心に喜びがありますように、の言葉とても素適に思いました。心に喜びがある事は大変な財産になると思います。宝経について教えて頂けます事、至福に思います。