過去仏の 見事な説法 苦行者は 謙虚な気持で 出家を願う<252>

○少年少女のためのスッタニパータ252(14)
・・・
ソクラテスは
無知の知について述べました。
無知の知を知る人は賢者です。
謙虚な人です。


252.第2 小さな章 2.生臭経 14.

○中村元先生訳
252
目ざめた人(ブッダ)のみごとに説きたもうた
──なまぐさを離れ一切の苦しみを除き去る
──ことばを聞いて、(そのバラモンは、)謙虚なこころで、
全き人(ブッダ)を礼拝し、即座に出家することをねがった。


○正田大観先生訳
255.(252) 
覚者の見事に語られた句を聞いて、
生臭なく一切の苦しみを除き去る〔教え〕を〔聞いて〕、
〔苦行者ティッサは〕謙虚な意で如来を敬拝し、
まさしく、その場において、出家することを選んだ。ということで――(14)


○パーリ語原文
255.
ストゥワーナ     ブッダッサ     スバースィタン   パダン
Sutvāna        buddhassa     subhāsitaṃ      padaṃ,
聞いて         覚者の      見事に語られた   句を

ニラーマガンダン    サッバドゥッカッパヌーダナン
nirāmagandhaṃ     sabbadukkhappanūdanaṃ;
生臭のない        一切の苦を除き去る

ニチャマノー     ワンディ    タターガタッサ
Nīcamano       vandi      tathāgatassa,
謙虚な意で     礼拝した     如来を

タッテーワ      パッバッジャマローチャイッターティ
tattheva        pabbajjamarocayitthāti.
その場で・まさに  出家を喜んだと


○一口メモ
この偈も経典結集の編集者が述べたものです。

カッサパ尊者は、生臭のない、一切の苦しみを除き去る教えを見事に説きました。苦行者ティッサはその教えを聞いて、謙虚な気持ちになり、如来(カッサパ尊者)に礼拝し、その場で出家することを願い出ましたと報告しています。この偈で注目すべきポイントは、ティッサが謙虚な気持ちになりという点だと思います。

六年あまりこのブログのなかで、高慢・傲慢がいけないとは述べってきましたが、謙虚について述べたことはほとんどないように思いました。私が謙虚さに足りないからなのでしょう。謙虚ということは、無知の自覚があるということだと思います。無知の自覚がなければ、無知は克服できません。

ティッサが謙虚な気持ちになったのは、カッサパ尊者の説法で自分の無知に気づいたのでしょう。無知に気づいた人は無知を克服できるのです。実は、ティッサは出家して数日後に最高の境地である阿羅漢に達したということです。

以上で、苦行者ティッサが最初に述べた三つの偈と、過去仏カッサパ尊者が説かれた中間の九つの偈と、最後に編集者の述べた合計十四の偈からなる生臭経を終わります。


過去仏の 見事な説法 苦行者は 謙虚な気持で 出家を願う<252>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎10月25日(金)から10月31日(木)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。
理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。



◎11月2日(土)夜のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。理由は八王子の正山寺のカティナ衣法要にワンギーサが参加するためです。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。

この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年10月26日 11:30
ワンギーサ先生が仰います様に
自分も「無知の自覚」を常に念頭に置き
慢心を捨てる精進を致します。
他人と差を付けようとして
高慢な心で行った「苦行」なんて
虚勢を張った虚しい人生・・・・ですね・・
本物の「謙虚」は
清らかな心からしか生まれませんね。

ワンギーサ先生
「生臭経」の御解説
誠に有難う御座います。
先生の最高・最善のご教導により
人々が幸福の道へ導かれている事実に
いつも感動致しております。
因果法則をものすごく強烈に実感し
また噛み締めております。
明日からも新しいお経の御解説
どうぞよろしく御願い致します。

生きとし生けるものが幸せでありますように
MK
2013年10月26日 23:59
自分の弱さを認めるのは辛いことです。特に良いかっこをしたい相手に対しては尚のことです。でも、真に謙虚に、知らないことを認め、教えを請うという姿勢は正直であり、結果的には生き易くなるのだと思いました。

生臭経の解説ありがとうございます。心を正しい位置におく努力をしながら、次の経典解説をお待ちしています。

生きとし生けるものが幸せでありますように
こころざし
2016年04月26日 08:10
謙虚でない姿勢があると、私の場合自己顕示欲が出て、少しの知識をさもなんでも分かっているようにPR・・しかねません。
こちらで学ばせて頂いて、知識で知っている程度では通用しないと痛感しています。またその知識がそれなりにあるとしても、実践が伴ってなければまた形ばかりで中身がない様になるかと思います。
謙虚に学ばせて頂きながら、そして智慧が持てるように実践する姿勢が自然になるように努めたいです。