預流果者は 私がいると 思わずに 疑(ウタガイ)がない 幸せであれ<231>

○少年少女のためのスッタニパータ231.
・・・
私はいつも変わるから
私は幸せでありますようにと
いつも唱えていなければ
効果はないね。


231.第2 小さな章 1.宝経 10.

○日本テーラワーダ協会訳
10.
知見[四聖諦の明知]の成就と共に、
以下の三つのもの(煩悩)は捨て去られたことになる。
有身見(ウシンケン)、疑、あらゆる戒禁取(カイゴンシュ)なり。
また、四悪趣(ヨンアクシュ)に陥ることを離脱し、六重罪(ロクジュウザイ)を為す能わず。
此は僧(サンガ)が勝宝たる由縁なり。
此の真実により、幸いがあらんことを。


○中村元先生訳
231
[ⅰ]自身を実在とみなす見解と[ⅱ]疑いと[ⅲ]外面的な戒律・誓いという三つのことがらが少しでも存在するならば、
かれが知見を成就するとともに、それらは捨てられてしまう。
かれは四つの悪い場所から離れ、また六つの重罪をつくるものとはなり得ない。
このすぐれた宝が<つどい>のうちに存する。
この真理によって幸せであれ。


○正田大観先生訳
233.(231) 
彼の、〔あるがままの〕見の成就と、
まさしく、共に、まさに、三つの法(性質)が、捨棄されたものと成る。
〔すなわち〕身体が有るという見解(有身見:心身について「自己である」「自己のものである」と妄想し執着する実体論的見解)、さらには、疑惑〔の思い〕(疑)、あるいは、また、それが何であれ、〔執着の対象として〕存する、戒や掟(戒禁)である。(10)

234.(231) 
しかして、四つの悪所(地獄・畜生・餓鬼・阿修羅)から解脱し、
かつまた、六つの極罪を為すこと(母を殺すこと・父を殺すこと・阿羅漢を殺すこと・覚者を傷つけること・僧団を分裂させること・異教の者を師とすること)は有りえない。
これもまた、僧団における、妙なる宝である。
この真理によって、安穏有れ。(11)


○パーリ語原文
233.
サハーワッサ      ダッサナサンパダーヤ
Sahāvassa        dassanasampadāya,
共に・まさに・彼の   見の成就

タヤッス     ダンマー   ジャヒター       バワンティ
tayassu     dhammā     jahitā          bhavanti;
実に三つの   法が      捨てられたものと   なる

サッカーヤディッティ    ウィチキッチタンチャ
Sakkāyadiṭṭhi         vicikicchitañca,
有身見            疑

スィーラッバタン   ワーピ   ヤダッティ    キンチ
sīlabbataṃ      vāpi      yadatthi      kiñci.
戒禁取        もまた    あろうとも    何で

234.
チャトゥーハパーイェーヒ   チャ    ウィッパムットー
Catūhapāyehi          ca      vippamutto,
四つの悪趣から        また     離脱して

チャ   チャービターナーニ    アバッボー    カートゥン
Cha    cābhiṭhānāni        abhabbo     kātuṃ;
六つの  また・極罪を       不可能      為すことは

イダンピ    サンゲー      ラタナン     パニータン
Idampi     saṅghe        ratanaṃ     paṇītaṃ,
これも     サンガにおける  宝        勝れた

エーテーナ    サッチェーナ    スワッティ   ホートゥ
etena        saccena       suvatthi    hotu.
この        真実によって    幸せで     あれ


○一口メモ
預流果に悟った方は、四聖諦が真理であるという確信が出来るとともに、三つ煩悩を捨てることになります。
その第一は有身見です。実体として変わらない私がいるという見解がなくなるのです。私は生まれてきた時から、常に変わり続けてきたことを理解し、今まであった自我意識がなくなるのです。
第二は疑です。四聖諦や因果法則などの仏説に対する疑いがなくなることです。
第三は戒禁取です。無意味な苦行や宗教儀式・儀礼は解脱に到らない道だとわかることです。

四悪趣とは、①地獄:楽のない苦しみのみの世界です。
②畜生:人間以外の動物の世界です。
③餓鬼:飢えと渇きの楽のない世界です。
④阿修羅:楽のない怖れおののく生命の世界です。
預流果になった方は、これらの四悪趣に生まれ変わることはないのです。

六重罪とは、①母親を殺すこと。
②父親を殺すこと。
③阿羅漢を殺すこと。
④仏陀を傷つけること
⑤サンガを分裂させること。
⑥他の宗教を信じること。
預流果になった方はこのような重罪を犯すはずないし、犯すことが出来ないのです。よって四悪趣び行くことはないのです。

やはりこのような預流果の方の存在は、サンガが勝宝であることの証拠です。私達は預流果になった方に学び、実践すれば幸せになれるのです。


預流果者は 私がいると 思わずに 疑がない 幸せであれ<231>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎10月25日(金)から10月31日(木)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。
理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年10月09日 09:36
因縁によって起こる
一刹那の連続に
だまされ続けるのか否か・・・
「観察実践」こそ
「現象世界の本当の姿を如実に観る」
方法ですね。
間違いなく実践すれば自動的に
四悪趣、六重罪から
サヨナラですね。

生きと生けるものが幸せでありますように
MK
2013年10月09日 18:20
自分を守っている内は、無我を知ったことにはならないのだと最近思います。
自我があると苦しむのに、必死で自我を守っています。矛盾してるのですが…。異境の者(世間の幸福論)を師にすることがあるからかもしれません。
まだまだ修行が足りませんね。頑張ります。
ぽん母さん
2013年10月09日 23:01
私も、子供も、誰もかれも、そしてどんなモノも、
生滅して流れているんですね・・・
生きとし生けるものが幸せでありますように。
悩み苦しみがなくなりますように。
こころざし
2016年04月18日 09:35
私は常に変わるから、いつも唱えていなければ・・の本文を拝見し本当にそうだなと感じました。1日1時間の座る冥想を実践すればOK?、みたいなノリでは・・を感じます。
また、六重罪の⑥他の宗教を信じることは、これだけ拝見すると他の宗教でも同じ要素があるのかな?と思いました。ですがこれは他宗教では本当に大事な事は分かりませんよ、とのブッダの厚意を感じます。
自我から来る様々な錯覚を減らして参りたいです。