阿羅漢の 心は不動 憂いなく 垢がないので 最高の幸<268>

○少年少女のためのスッタニパータ268.
・・・
落ち込んでいる時は
不幸でしょうが、
はしゃいでいる時も
幸せではないよ。
落ち着いて下さい。


スッタニパータ268. 第2 小さな章 4.吉祥経 11.

○日本テーラワーダ仏教協会訳
11.
世間のものごとに触れても、
心が動揺しないこと、
憂いがなく、汚れがなく、安らかであること、
これが最上の吉祥です。


○中村元先生訳
268
世俗のことがらに触れても、
その人の心が動揺せず、
憂いなく、汚れを離れ、安穏であること、
──これがこよなき幸せである。


○正田大観先生訳
271.(268) 
世の諸々の法(事物)に触れたとして、
彼の心が、動かず、
憂いなく、〔世俗の〕塵を離れ、平安であるなら
――これが、最上の幸福です。(11)


○パーリ語原文
271.
プッタッサ     ローカダンメーヒ
‘‘Phuṭṭhassa   lokadhammehi,
触れても      世間の物事に

チッタン    ヤッサ     ナ     カンパティ
cittaṃ     yassa      na     kampati;  
心が     それは     ない   動揺する

アソーカン     ウィタジャン   ケーマン
Asokaṃ       virajaṃ      khemaṃ,
憂いのない     塵を離れた   安穏な

エータン    マンガラムッタマン
etaṃ       maṅgalamuttamaṃ.
それが     最高の幸福


○一口メモ
今回は幸福に関する最後の四項目です。
35.世間のものごとに触れても心が動揺しないこと。
36.憂いがないこと。
37.心の汚れがないこと。
38.心が平安であること。

以上でブッダが述べられた幸福に関する38項目になります。
今回の四項目は昨日述べた阿羅漢果を得た方の境地です。ですから、最高の幸福と言えるのです。
一つ一つ説明します。

「35.世間のものごとに触れても心が動揺しないこと。」心が浮ついたり、沈んだり、揺れ動いている時は、それが喜びであっても最高の幸福とは言えないのです。これは涅槃を体得していない人にはわからない境地です。世間のものごとを、特に人間の関心のある事柄を仏教では世間法として次の八項目にまとめています。
① 利、
② 不利、
③ 名誉、
④ 不名誉、
⑤ 非難、
⑥ 称賛、
⑦ 楽、
⑧ 苦。
このうち、①、③、⑥、⑦望み、②、④、⑤、⑧を嫌うのです。これらいずれに心が触れても動揺しないことは幸福なことだと述べられているのです。

「36.憂いがないこと。」 憂いや心配がないことですが、それは幸せなことだと思います。憂いは少し細かく言えば、肉体の苦しみでなく、心の苦しみを指しているのです。

「37.心の汚れがないこと。」 阿羅漢はすべての煩悩を捨て去り、心には貪、瞋、痴の汚れはないのです。これが最高の幸福であることなのです。すべての欲がない状態、すべての怒りがない状態、無知がない状態、あるのは智慧だけの状態を想像してみて下さい。想像するのは難しいですが、心は楽で快適だろうとは予想できます。しかし、それが最高の幸福かどうかわからないでしょう。

「38.心が平安であること。」最後は心が平安であることです。心が安穏であると訳すこともできます。なんとかこの境地を体験してみたいものです。

以上でブッダが、最高の幸福について質問にお答えになった38項目の最高の幸福は終わります。

明日は、最後のまとめの偈です。


阿羅漢の 心は不動 憂いなく 垢がないので 最高の幸<268>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年11月12日 10:50
心の汚れが無い
=智慧だけの状態
=「智慧」と言う乗り物に乗り
=心が平安・安穏の境地へ行く
=解脱へと運ばれる

現象世界の本当の姿を観るのですね。
さらに、その一切現象の向こうのものを
観ることが出来るのですね。

一歩一歩前に進む努力・実践を致します

生きとし生けるものが幸せでありますように
ごろた石てつや
2013年11月12日 23:38
動揺とは、心の揺れですね。

揺れた瞬間にその揺れを捨てる。
捨:upekkhā
indriya bhāvanā suttaですね。

心の揺れが、煩悩(貪瞋癡)。

心の揺れを捨てる事で、貪りが無くなり。
心の揺れをすてる事で、怒りが消え。
心の揺れを捨てると、主観が消え、妄想、捏造が無くなり、智慧が現れる。

仏道は、心の揺れを捨てる事から始まります。

私は、24時間、心を観察し、心が揺れた瞬間に、心の揺れを捨てる練習をしております。
心の揺れを捨てた瞬間に、苦からの解放の味見をさせて頂いております。

心の揺れとは、原始脳からの信号です。ね。

Vayadhammā saṅkhārā appamādena sampādethā
こころざし
2016年05月02日 07:11
以前は嬉しい事を望み、嫌な事は避けたいと思いました。それは凄い違いがあると思っていましたが、心の波という意味では同じニュアンスを感じるようになりました。
心が不安定にならない事を目指して、今の心の状態に気が付いていれる様になりたいです。