適切な 処に住んで 功徳あり 誓願すれば 最高の幸<260>

○少年少女のためのスッタニパータ260.
・・・
良い友達がいれば
勉強も進む。
良い目標を定め、
決意することも大切。


スッタニパータ260. 第2 小さな章 4.吉祥経 3.

○日本テーラワーダ仏教協会訳
3.
適切な処に住むこと、
前世で為された福業、
自己について正しく志向すること、
これが最上の吉祥です。


○中村元先生訳
260
適当な場所に住み、
あらかじめ功徳を積んでいて、
みずからは正しい誓願を起こしていること、
──これがこよなき幸せである。


○正田大観先生訳
263.(260) 
しかして、適切な地にすること、
さらには、過去(過去世)に作り為された功徳あること、
かつまた、自己についての正しい誓願
――これが、最上の幸福です。(3)


○パーリ語原文
263.
パティルーパデーサワーソー    チャ
‘‘Patirūpadesavāso           ca,
適切な地方に住むこと         と

プッベー    チャ     カタプンニャター
pubbe      ca       katapuññatā;
前に      と       功徳を積んだこと

アッタサンマーパニディ   チャ
Attasammāpaṇidhi       ca,
自己の正しい誓願       と

エータン   マンガラムッタマン
etaṃ      maṅgalamuttamaṃ.
これが    最上の幸福


○一口メモ
天子の質問に対するブッダの答の第二偈目です。内容は三つあります。
1.適切な処に住むこと。
2.前世で為された福業。
3.自己について正しく志向すること。

「適切な処に住むこと」とは、幸福であるため、幸福になるために適切な場所にすむことです。それはどんな場所でしょうか。それは生きるために過酷な場所を避けるという意味ではないのです。昨日述べた項目と関係しているのです。悪友と付き合うことの少ない、善友と親交できる、特に、サンガがあり、ブッダの教えを聴き、学べる環境にある場所を意味しています。

「前世に為された福業があること」は、確かに前世に善い行いをしていれば幸せではあります。しかし、それは今ではどうしようもないのですから、現在、善行為を積んで、少しでも今後に善い結果、幸福であるように努力する必要があるのです。

「自己について正しく志向すること」の意味は、中村先生訳では「みずからは正しい誓願を起こしていること」、正田先生訳では「自己の正しい誓願」です。誓願は各自その内容は異なるものですが、望まれる参考例として日本テーラワーダ仏教協会の「日常読誦経典」の「懺悔誓願の文」があります。そこには次のように書かれています。「このように雑事を離れ、独り静かに自己の心身を念をもって観つめるとき、瞬間、瞬間、変化生滅しつづける現象を、ヴィパッサナーによって洞察し、真の幸福を得て、解脱の道へ導かれますようにと、ここに誓願します。」このように誓願すれば、修行も向上し、まさに最高幸福になるのです。


適切な 処に住んで 功徳あり 誓願すれば 最高の幸<260>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年11月05日 00:12
心と行為は
まるで「鏡」のようですね。

生きとし生けるものが幸せでありますように
MK
2013年11月05日 00:40
一般的には怒りをコントロールし、慈悲の念で相手に接しようと心戒めるのは、結構な苦行に感じるようです。ですが、涅槃に目を向け、正しく志向し続けることこそが最上の幸福である訳ですから、これからも頑張って続けます。

生きとし生けるものが幸せでありますように
SRKWブッダ
2014年07月29日 10:13
修行者が持つべき誓願とは、三毒(貪嗔痴)を三学(戒定慧)に転ぜんとすることである。すなわち、

貪→戒 瞋→定 痴→慧 への志向をいう。

具体的には、

1)(自分を含めて)誰も悲しませないようにしようとすること
2)静けさを目指し、誰よりも静かにしていようとすること
3)真実を知ろうと熱望すること

なお、1)は心解脱(名称(nama)の解脱)、2)は身解脱(形態(rupa)の解脱)、3)は慧解脱(名色両方の解脱)に関係している。

***
こころざし
2016年04月29日 20:00
「懺悔誓願の文」の「瞬間、瞬間、変化生滅しつづける現象を、ヴィパッサナーによって洞察し、真の幸福を得て」の文に接する度に、真の幸福とは本当にそれで得られるのではないか、と実感しています。本当の意味でそれが分かるように精進したいです。