いにしえの バラモンたちは 容姿端麗 名声あって 人々栄えた<298>

○少年少女のためのスッタニパータ298.
・・・
道徳を守るリーダは
人望があり、存在感がある。
彼らに従う人々は幸せである。


スッタニパータ298. 第2 小さな章 7.バラモン法経 15.

○中村元先生訳
298
バラモンたちは、手足が優美で、身体が大きく、
容色端麗で、名声あり、
自分のつとめに従って、為すべきことを為し、
為してはならぬことは為さないということに熱心に努力した。
かれらが世の中にいた間は、
この世の人々は栄えて幸福であった。


○正田大観先生訳
301.(298) 
〔身のこなしが〕繊細で、身体が大きく、
色艶あり、福徳ある、〔過去の〕婆羅門たちは、諸々の自らの法(性質)によって、
諸々の為すべきことや為すべきではないことに邁進する者たちであり、
〔彼らが〕世に転起した、
そのあいだは、〔まさに〕この、〔世の〕人々は、安楽に満ち栄えました。(15)


○パーリ語原文
300.
スクマーラー    マハーカーヤー
‘‘Sukhumālā     mahākāyā,
優美な        大きな身体の

ワンナワントー    ヤサッスィノー
vaṇṇavanto      yasassino;
美貌の        名声のある

ブラフマナー    セーヒ    ダンメーヒ
Brāhmaṇā      sehi      dhammehi,
バラモンたちは  自らの    法によって

キッチャーキッセース        ウッスカー
kiccākiccesu             ussukā;
為すべきこと為すべらざること   熱心な

ヤーワ     ローケー    アワッティンス
Yāva       loke       avattiṃsu,
限り       この世の   存在した

スカメーディッタヤン    パジャー
sukhamedhitthayaṃ    pajā.
幸せを完成した・この   人々は


○一口メモ
ここまでが、昔のバラモンについての偈になります。彼は、金や銀や家畜や穀物など財産も持つことなく、道徳を守り、清らかな生活を何年も続けていました。また、彼らの職業であった儀式において、牛を犠牲にして殺すということがありませんでしたから、それらの善行為の結果として、いろいろな福徳がありました。それらが、手足が優雅で、身体が大きく、容姿は美しかったのです。そして彼の評判は大変良かったのです。

さらに、彼らは、自分たちの行儀作法に従って、なすべきことは熱心になし、なすべきでないことはなすことがありませんでした。彼らは人々の間では知識人でありましたし、また人々の生き方において指導的な立場にありましたから、彼ら(昔のバラモン)がいた時は、彼らに従う人々を含めて、当時の人々の生活は安楽であり、栄えていたのでした。


いにしえの バラモンたちは 容姿端麗 名声あって 人々栄えた<298>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎12月14日(土)の夜の自主瞑想会は、都合によりお休みいたします。ご了承をお願いいたします。


◎12月28日(土)から1月3日(金)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。

この記事へのコメント

MK
2013年12月14日 23:38
現代の社会で、道徳を守り清らかに生きる人が存在感があり人々の生き方を指導する立場にあるかと考えると、微妙な気がします。少なくとも、仏教が考える清らかさと、日本の常識として考える清らかさにはいくらかずれがあるかと思います。
それでも完成された、真理を見抜いた仏教の教えを基礎に生きていきます。

生きとし生けるものが幸せでありますように
ごろた石てつや
2013年12月15日 00:06
古のバラモンの生き方は、現代人にとっても良い見本になりました。
このような生き方ができれば、現代人よりはるかに良い人生になると思います。

生きていく上で、良い人生になるか否かは、「理性:viññū」ある人格か、否か。
人格者とは、理性の深さだということ。
理性の能力を磨く事が、精進であり、非常に困難な行いです。

これからも、理性の土台である、瞬間瞬間upekkhā(捨:心の揺れを捨てる)事に精進して参ります。

お釈迦様の肉声を公開して頂きまして
心より御礼申し上げます。
こころざし
2016年05月13日 06:15
昔のバラモンが教えて下さった生きる姿勢、多くの方の手本になったと思います。評判というのはそれを気にして良くしようとしても難しいでしょうが、善行為的な生き方をしていると伴ってくるものと思います。
そのような大事な事を教えて下さる長老とご縁を持てて至福に思います。善行為的に生きれるように努めたいです。