車の王は バラモンたちに 勧められ 幾百千の 牛を殺した<308>及び<309>

○少年少女のためのスッタニパータ308.309.
・・・
バラモンたちは
王様をそそのかし
何百、何千のやさしい牛たちを
殺してしまった。


スッタニパータ308.309. 第2 小さな章 7.バラモン法経 25.26.

○中村元先生訳
308
そこで戦車兵の主である王は、
バラモンたちに勧められて、
幾百千の多くの牛を
犠牲のために屠らせた。

309
牛は、脚を以ても、
何によっても決して(他のものを)害うことがなくて、
羊に等しく柔和で、
瓶をみたすほど乳を搾らせてくれる。
しかるに王は、角をとらえて、
刃を以てこれを屠らせた。


○正田大観先生訳
311.(308) 
しかして、そののち、婆羅門たちに説得された、
車上の雄牛たる王は、
幾百千の牛たちを、
祭祀において屠らせました。(25)

312.(309) 
〔牛たちは、人にたいし〕足で〔害すること〕なく、
角で〔害すること〕なく、何であろうと、
まさに、〔人を〕害することはありません。
牛たちは、羊と等しく温和で、瓶に乳を出してくれます。
その〔牛たち〕を、王は、角を掴まえて、
刃でもって屠らせました。(26)


○パーリ語原文
310.
タトー    チャ    ラージャー    サンニャットー
‘‘Tato    ca      rājā        saññatto,
その後   そして   王は       勧められた 


ブラーフマネーヒ      ラテーサボー
brāhmaṇehi         rathesabho;
バラモンたちに       戦車兵の主たる

ネーカー    サタサハッスィヨー
Nekā       satasahassiyo,
多くの      幾百千の

ガーウォー    ヤンネー      アガータイ
gāvo        yaññe        aghātayi.
牛たちを     祭祀において   殺した

311.
ナ    パーダー    ナ    ウィサーネーナ
‘‘Na    pādā      na     visāṇena,
ない   足で      ない   角で

ナッス    ヒンサンティ    ケーナチ
nāssu     hiṃsanti       kenaci;
ない     害す         何によっても

ガーウォー     エーラカサマーナー
Gāvo         eḷakasamānā,
牛たちは      山羊と等しく

ソーラター    クンバドゥーハナー
soratā       kumbhadūhanā;
やさしい     瓶一杯の乳を出すもの

ター        ウィサーネー    ガヘートゥワーナ
Tā          visāṇe         gahetvāna,
その(牛たち)を  角を         取って

ラージャー   サッテーナ    ガータイ
rājā        satthena      ghātayi.
王は       刀で        殺した


○一口メモ
バラモンたちが、王をそそのかし何百千という牛を殺す時の状況を、注釈書から引用して説明します。

バラモンたちは供犠坑を牡牛でみたし、一番立派な雄牛を杭に縛り付け、そこに王を案内し、次のように言うのです。「大王様、牛祭の供犠を行いなさい。そうすれば、あなたのための梵天界への道は浄められるでしょう。」 王は祝祭の行事を行い、剣を取って雄牛とともに幾百千の牛たちを殺しました。バラモンたちは供犠坑に入って、牛の肉を引き裂いて食べた。」ということです。

牛たちは、この偈で説明されているように、大きな身体をしていますが、足や角で人間を害することはなく、優しく、その上多くの牛乳を与えてくれるのです。そのような生きものを、何の戸惑いもなく殺してしまうとはなんと言うことでしょう。あってはいけない話しです。どのような結果が待っているか心配です。


車の王は バラモンたちに 勧められ 幾百千の 牛を殺した<308>

牛たちは 山羊のように やさしくて 乳をくれるのに 王は殺した<309>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎12月28日(土)から1月3日(金)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

noritarou
2013年12月23日 14:58
昨日は、途中からですが、東京の瞑想実践会に参加せて頂きました。
大変お世話になり、ありがとうございました。
ゴータミー精舎は、とても素晴らしい場所です。
そこに集う方達は、全員が最上の善友だと感じました。

殺戮による快楽、妄想思考による興奮をよしとしてはいけませんが、世間はそれ(戦い)をよしとします。
「殺し」をしながら、苦しみを離れることはできません。
昨日の体験では、そこ(戦い・欲望・渇愛・妄想思考)から離れ、落ち着いていることこそ、大事なことだと言われているように感じました。
ごろた石てつや
2013年12月23日 18:35
もやは、気が狂れた行為です。
あらゆる生命の中で、常軌を逸した、最も劣る行いです。

pamādo maccuno padaṃ
ななつ
2013年12月23日 20:49
このお経に登場する人々を
決して他人事だと思わないように
自分を戒めます。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
MK
2013年12月24日 00:41
少しの欲からこんなにも極端な行動に出るということは、それなりに我慢しながら日々修行しながら日々修行をしていたのではないかと思います。
我慢すれば我慢する程その反動が大きいのは皆経験していることと思うからです。

我慢せずに善行為に励むには、少しずつ、かつ、確実な成長が必要だと思います。進み続けるのは大変なことです。が、そういう環境が今あるように思います。善業の結果と思って、励みます。

生きとし生けるものが幸せでありますように
こころざし
2016年05月16日 07:19
以前牛に接した時、巨体なのに私に怯えて逃げようとしたので、こちらに危害を加えそうな気配とは無縁の気質を感じました。そのような牛を沢山そそのかされてあやめる事、無明もここまでくると罪な印象を持ちます。
生き物を殺さない事、実践して参りたいです。