嫉妬ある 愚かな者に 従えば 真理を知らずに 死んでしまうよ<318>

○少年少女のためのスッタニパータ318.
・・・
学校では先生を
選べないが、
予備校などでは
先生を選べるようだ。


スッタニパータ318. 第2 小さな章 8.船経(法経) 3.

○中村元先生訳
318
未だことがらを理解せず、嫉妬心のある、
くだらぬ人・愚者に親しみつかえるならば、
ここで真理(理法)を弁え知ることなく、
疑いを超えないで、死に至る。


○正田大観先生訳
(318) 
しかしながら、小なる愚者に仕え親しんでいる者は、
しかして、義(目的)に至らない者に〔仕え親しんでいる者は〕、
さらには、嫉妬〔の思い〕ある者に〔仕え親しんでいる者は〕、
まさしく、この〔世において〕、法(真理)を分明せずして、
疑いを超えることなく、死へと近づき行く。(3)


○パーリ語原文
320.
クッダンチャ    バーラン     ウパセーワマーノー
Khuddañca      bālaṃ       upasevamāno,
劣った人・しかし  愚かな人    仕えるならば

アナーガタッタンチャ    ウスーヤカンチャ
anāgatatthañca        usūyakañca;
義にいたらない・そして   嫉妬心のある人に

イデーワ     ダンマン    アウィバーワイトゥワー
Idheva       dhammaṃ    avibhāvayitvā,
まさにここで   法を       わきまずに

アウィティンナカンコー  マラナン    ウペーティ
avitiṇṇakaṅkho        maraṇaṃ    upeti.
疑いを越えずに      死に       近づいていく


○一口メモ
昨日の偈で賢明な師匠に親交して、師匠に明らかにされた真理を弟子が忠実に実践するならば、真理に達することが述べられました。今回の偈はその反対のことが述べられているのです。すなわち、愚かな師は智慧がないので、真理を知らないのです。その教えは正しくないのです。それを学ぶ弟子は疑いを克服することはできません。

また、嫉妬深い師匠であるならば、弟子が努力して成長するとそれに嫉妬して、その足を引っ張るという行為をします。そのため、弟子は成長出来ないのです。このような場合は善友と親交することではなく、悪友と親交するということになります。弟子はそのことに気づいたら、直ちに愚かな師匠のもとを離れた方がよいと思います。弟子が師匠の資質を見抜くことは簡単ではないのですが、疑いを超えずに死なないためには必要なことです。

嫉妬ある 愚かな者に 従えば 真理を知らずに 死んでしまうよ<318>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


        ~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2014年01月06日 10:02
MKさんへ
コメント有難う御座います。
共に頑張りましょうね!

「他人の言葉は私達の疑念に
終止符を打つものでは無い事を理解しなさい
他人の話を一つ聞くごとに、
一つ疑念が増えます
そして一つ聞くごとに混乱が増すのです」と
お釈迦様が仰いました。
師匠にご教導頂きながらも
師匠に依存せず
「五蘊」が教師であると自覚し
心身を探求・観察することにより
師匠の「真偽」を
わざわざ意図的に見抜こうとしなくても
自ずと明らかになるはずです。
「己次第」ですよ。

生きとし生けるものが幸せでありますように
こころざし
2016年05月19日 07:19
長老より、依存するのではなく、自分で実践して分る・智慧を持てるようになる大切さを教えて頂きました。その時に、本当に自分の事を成長させてくれようとして、慈しみで接して下さっていると感じました。僕は雲水の様に色々な先生の所に行く必要はありません。至福な事と思います。
師匠の厚意を元に、成長できるように努力したいです。