釈尊が 説かれた法は 精妙で 安楽なもの 説いて下さい<383>

○少年少女のためのスッタニパータ383.
・・・
お釈迦さまの教え聞くと、
頭と心が成長する。
成長すると楽しい。
どうか教えを説いて下さい。


スッタニパータ383. 第2 小さな章 14.ダンミカ経 8.

○中村元先生訳
383
先生! あなたがみごとに説きたもうたこの教えは幽微であり、
また楽しいものです。
あなたにお尋ねしますが、どうぞわれらにお説きください。
最高の<目ざめた方>(ブッダ)よ。


○正田大観先生訳
386.(383) 
まさに、この法(教え)は、精緻なるものであり、かつまた、安楽なるものです。
世尊よ、〔まさに〕その、この〔法〕は、あなたによって見事に説かれました。
〔わたしたちは〕全てもろともに、まさしく、その〔法〕を、聞こうとしています。
最勝の覚者よ、あなたは、〔問いを〕尋ねられた者として、わたしたちに〔法を〕説いてください。(8)


○パーリ語原文
385.
アヤンヒ    ダンモー   ニプノー   スコー    チャ
‘‘Ayañhi    dhammo    nipuṇo     sukho     ca,
この・実に   法は      精妙な    安楽な    また

ヨーヤン    タヤー       バガワー    スッパウットー
yoyaṃ      tayā         bhagavā     suppavutto;
およそそれは あなたによって  世尊よ     よく説かれた

タネーワ     サッベーピ   スッスーサマーナー
Tameva      sabbepi      sussūsamānā,
それを・まさに  皆の者は    聞こうとしています

タン   ノー     ワダ     プッチトー    ブッダセッタ
taṃ    no      vada      pucchito     buddhaseṭṭha.
それを 我々に  説いて下さい 尋ねますので 最上の覚者よ


○一口メモ
今回は、注釈書にそって書いてみます。

「この法」とは、三十七菩提分法であるとしています。その理由は書いてありません。三十七菩提分法のその内容は、四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道の三十七項目です。その説明は2013年6月28日のブログ記事(http://76263383.at.webry.info/201306/article_31.html)から毎日7日間に分けて掲載しましたので参考にして下さい。

「精妙(幽微、精緻)」とは、柔らかで、洞察し難いということ。
「安楽(楽しい)」とは、洞察されていると出世間の楽をもたらすので、安楽と言われる。
「よく説かれた(見事に説かれました)」とは、よく示されたということ。
「聞こうとしています」とは、私共は聞こうと願っているということ。
「わたしたちにそれを説いてください」とは、その法を私たちに説いて下さいという意味です。
以上、注釈書より。

以下、「柔らかで、洞察し難い、かつ安楽(楽しい)」について少し考察してみましょう。柔らかで、洞察しがたいというのは真理の特徴なのでしょう。ブッダは真理を説かれますから、ブッダの教えは柔らかそうですが、洞察し難いのです。しかし、洞察し難いからこそ、洞察できた時に喜びがあるのです。困難を克服してこその喜びです。楽をしていては喜びはありません。また、人間は成長の自覚がある時も喜びを感じるものです。ブッダの教えを聞くと、頭と心が成長するのを感じます。混乱した思考が整理され、心の汚れがなくなるからです。そこにも喜びあります。是非、ブッダの教えを学んで下さい。


釈尊が 説かれた法は 精妙で 安楽なもの 説いて下さい<383>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎3月20日(木)から3月26日(水)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

てくてく
2014年03月12日 08:47
おはようございます。
「この・実に 法は 精妙な」について洞察しました。どうして、「法は精妙な」と人は受け取るのでしょうか?と、洞察しました。それは、こころ、意識、無意識、思い、考え、感覚という、これらの違いに気付くことが難しいことに成っているからだと思い当たりました。これらの違いが「精妙な」に成っているんだろう思いました。

生きとし生けるものが幸せでありますように
SRKWブッダ
2014年09月14日 01:53
分かる人には自明。しかしながら、分かっていない者には何一つ理解できない。それが法(ダルマ)の一つの本質である。

観(=止観)や公案に取り組み、(認めたくはないであろうが)まったく歯が立たなかった人は、これらによって明らかとなる「その表象」が精妙なものであると知るだろう。智慧は、なおさらのことである。

世俗には、この精妙なるものは存在していない。こころある人が、精進して、この精妙なるものを誰に頼ることなく自ら体得するのである。

***
てくてく
2014年09月14日 10:08
こんにちは。
自分は、公案にまったく歯が立たないと認めます。でも、だからと言って、精進すること、解脱すること、覚りを開くことをやめられません。なぜなら自分は、これ以上、人を悲しませたくないからです。ほんとうにやさしい人になりたいからです。

生きとし生けるものは幸せでありますように。
こころざし
2016年06月09日 07:35
お釈迦様の教えを教えて下さる長老の言葉は難しくなく、その学びから心が安定し、そして道が分かり、成長への道へ行けていると思います。ですが、その分かり易い言葉を本当に分かっているかと思いますと、冷や汗が出ます。
智慧で本当に分るように日々の実践を大事にして参りたいです。