比丘たちよ、優婆塞たちよ よく聞けよ 神々の王の 話を聞くように<384>

○少年少女のためのスッタニパータ384.
・・・
数学では答えを知ることが
大切なのではありません。
大切なことは問題をよく読んで、
どのように解決するか
考えることです。


スッタニパータ384. 第2 小さな章 14.ダンミカ経 9.

○中村元先生訳
384
これらの出家修行者たち、並びに在俗信者たちは、すべて、
(目ざめた人の教えを)聞こうとして、ここに集まってきたのです。
けがれなき人(目ざめた人)がさとり、みごとに説いた理法を聞け。
──神々がインドラ神のことばを聞くように。」


○正田大観先生訳
387.(384) 
これらの比丘たちは、全てもろともに等しく坐し、
さらには、また、在俗信者(優婆塞)たちも、まさしく、そのように、〔法を〕聞くことを〔求めます〕。
〔さあ、みなさん〕聞いてください――〔真実の〕法(教え)を、〔世俗の〕垢を離れる方によって随覚され見事に語られた〔真実の法〕を
――天〔の神々〕たちが、ヴァーサヴァ(インドラ神)の〔言葉を聞く〕ように」〔と〕。(9)


○パーリ語原文
386.
サッベーピ    メー    ビッカヴォー   サンニスィンナー
‘‘Sabbep‘i    me     bhikkhavo     sannisinnā,
すべての人々  これら  比丘たちは    共に座っている

ウパーサカー    チャーピ    タテーワ      ソートゥン
upāsakā        cāpi       tatheva       sotuṃ;
在家信者たち    もまた     実にそのように  聞こうとしている

スナントゥ    ダンマン     ウィマレーナーヌブッダン
Suṇantu      dhammaṃ    vimalenānubuddhaṃ,
聞いて下さい  法を       汚れを離れた人によって悟られた

スバースィタン   ワーサワッセーワ    デーワー
subhāsitaṃ      vāsavasseva        devā’’.
よく語られた     帝釈天に対するように  神々が


○一口メモ
今回の偈でダンミカさんのブッダへの説法の要請の最後の言葉は比丘たちや在家信者(優婆塞:ウバソク)に対して述べる言葉になりました。明日からブッダの言葉が始まりますので、もう少しだけお待ちください。

ダンミカさんがブッダに質問した場所、祇園精舎には、500人の比丘たちが座っていました。また初めに述べましたように、500人の在家信者もいたのです。ダンミカさんは、彼らが神々の王である帝釈天の話は真剣に尊敬して聞くように、ブッダの話を真剣に敬意を持って聞くように述べるのです。

この偈の三行目について、少し説明しておきます。このことは何度も述べられてきたことすが、大切なことなので、繰り返しのべます。

「汚れを離れた人によって悟られた」の「汚れを離れた人」とはブッダを意味します。そして、「心の汚れ、即ち欲や怒りや無知(煩悩)から離れた」とは、煩悩をなくすことで、悟ったということです。逆の言い方をすると、心から煩悩をなくすと悟るということです。心から煩悩をなくすことは簡単ではありません。始めはあまりなくすことを考えなくともよいのです。しかし、どのようにそれらが心に現れるかを観察してください。また、それらが心を苦しめていることも観察してください。それらが分かってくると、智慧が現れ、心(自分)は自分を苦しめる煩悩を自然になくすのです。


比丘たちよ、優婆塞たちよ よく聞けよ 神々の王の 話を聞くように<384>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎3月20日(木)から3月26日(水)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

てくてく
2014年03月12日 09:02
おはようございます。
今朝の一口メモ後半を洞察しました。
”有る”と思ったら、有るという思いに気付いてよく観察し、”無い”と思ったら無いという思いに気付いてよく観察すれば、思いは消えてしまうでしょうと思いました。そして、そこに現れるものによく気付いて、よく観察し、真摯に学んで行きたいと思いました。

生きとし生けるものが幸せでありますように
noritarou
2014年03月12日 10:46
災害や、戦争はいつの世も絶えません。
悲しみや、怒り、それを煩悩と呼ぶのかもしれませんが、それらは避けられません。
それから逃げずに立ち会い、感じて、その後に訪れるものが大事なのではないかと思います。
理性の力で煩悩をコントロール出来ると勘違いせず、ブッダの教えに耳を傾けたいと思います。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
みき
2014年03月12日 10:58
こんにちは
先ずは、観察から始めて煩悩を無くすのですね。最近、「悲しみや怒りで心が萎縮している状態なんだ」と知ることができました
次はそれに囚われないようにしたらよいと思いますが‥。
気付くことができたのも、仏教を学ばせていただいているからです。有難うございます。
ななつ
2014年03月12日 16:03
(視覚はあるとして)
光と、意識の両方がないと
色を認識しないというご解説に
はっとしました。
瞑想のときには、とにかく「意識が何と接触したのか」をしっかり気づいていけばいいんですね。
これからもがんばります。
ありがとうございます。
こころざし
2016年06月09日 07:38
真剣に実践しても煩悩がぼんぼんですので、ダメだ・・と思う時がありました。長老より「煩悩が出た時にそれに気が付く事が大事です」と教えて頂き、煩悩が出ない事が修行の評価?と勘違いしていた自分に気が付きました。
観察し、気が付いて、そのシステムが分かり、そして煩悩を捨てれるようになりたいです。