人々と 語らう時は 穏やかに 真理を説いて 非難はしない<389>

○少年少女のためのスッタニパータ389.
・・・
話し会う時は
相手の話しよく聞いて
批判したり、非難しないように
自分も自由だが、相手も自由だから。


スッタニパータ389. 第2 小さな章 14.ダンミカ経 14.

○中村元先生訳
389
もしもかれが、教えを聞く人、
或いは他の修行者とともに語る場合があるならば、
その人にすぐれた真理を示してやれ。
かげぐちや他の誹謗することばを発してはならぬ。


○正田大観先生訳
392.(389) 
それで、もし、また、彼が、〔別の〕弟子と談じ合うなら、
あるいは、他の者と〔談じ合うなら〕、あるいは、誰であれ、比丘と〔談じ合うなら〕、
〔まさに〕その、妙なる法(教え)を述べ伝えるように。
中傷〔の言葉〕ではなく、他者への批判〔の言葉〕でもまたなく。(14)


○パーリ語原文
391.
サチェーピ    ソー    サッラペー   サーワケーナ
‘‘Sacepi     so      sallape      sāvakena,
もしもまた    彼が    共に語る    弟子と

アンニェーナ    ワー   ケーナチ    ビックナー    ワー
aññena        vā     kenaci      bhikkhunā    vā;
他の人と      或は   誰であれ    比丘と      或は

ダンマン   パニータン    タムダーハレッヤ
Dhammaṃ   paṇītaṃ      tamudāhareyya,
法を      勝れた      彼に語るがよい

ナ   ペースナン    ノーピ    パルーパワーダン
na    pesuṇaṃ     nopi      parūpavādaṃ.
ない  中傷       もない    非難


○一口メモ
ブッダの比丘に対する修行のあり方についての偈が続いています。そこで、その経緯について思い出してみましょう。在家信者のダンミカさんがブッダに「出家と在家のブッダの弟子はどのように修行をすべきですか?」とい質問をしました。今回の偈はその質問に対するブッダの5番目の答えです。

比丘が、弟子や他の比丘或はその他の人々と話しあう時はどのように話すべきか、ということです。すぐれたた法について語るのがよいと述べています。すぐれた法と何でしょうか?ブッダの教えはすべてすぐれた法ですので、ブッダの教えについて語ればよいということになります。具体的には四聖諦、八正道、無常、苦、無我などの話しになるでしょう。

その際、注意すべきことも同時に述べられています。それは、「かげぐちや他の誹謗することばを発してはならぬ。」(「中傷〔の言葉〕ではなく、他者への批判〔の言葉〕でもまたなく」)ということです。これは道徳的な意味において、注意すべきことではありますが、昨日の偈で述べられた「内に念を向けて、意(心)が外に出て行かないように、自己を制して(瞑想しなさい)」という修行に関することでもあるのです。

即ち、意識を内に向けるのではなく、外に向けるから、誹謗や批判の言葉が出るのです。もし、批判の言葉が出そうになった時、内に念を向けていれば、「批判したい自分がいるのだ」と観察することになります。そこから、「自分の意見が正しいと思っている自分がいるのだ」と分かるのです。ですから、「中傷、非難をしないように」というブッダの言葉は行動の指針としてもみ理解するだけでなく、修行のあり方として深く理解する必要があるのです。


人々と 語らう時は 穏やかに 真理を説いて 非難はしない<389>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎3月20日(木)から3月26日(水)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

ななつ
2014年03月18日 01:00
昨日の偈は、皆様がコメントされていたように、
私も、意識を内側に向けることの解説がとてもわかりやすくてうれしかったです。
そして、今日は、「なぜ非難してはいけないのか」という仏教の基本の教えと
「意識を内側に向けること(自分の感覚に気づくこと)」とが
しっかり結びつけてご解説をされていたので、
「してはいけないんじゃなくて、しっかり気づいていたら、
人を非難する気持ちは消えるんだな」とわかりました。
そして、実際に自分の感覚に気づいていたら、
人を非難する気持ちは自分の怒りであり
それはすぐにでも消さないと自分を不幸にする感情なんだとわかりました。
そして、怒りは気づいていると消えます。
ずっと瞑想をしてきましたが、やっとサティのコツがつかめてきたように思います。
ありがとうございました。
生きとし生けるものが幸せでありますように
こころざし
2016年06月11日 19:38
話をする中で、対象を誹謗・中傷してしまう事を言いかねない自分がいます。その時は、自分の価値観等を(話し)相手に押し付ける様な状態になっていると感じます。
本文の「意識を内に向けるのではなく、外に向けるから、誹謗や批判の言葉が出る・・」を拝見しハッとしました。まさに意識が外になっているなと思いました。心より反省致します。
意識を内に向けて、そして誹謗・中傷の話等しないように努めたいです。