この風は 河川の流れ 枯れさせる わが血液を 枯渇させないか<433>及び<434>

○少年少女のためのスッタニパータ433.434.
・・・
肉体が苦しくなれば
心も苦しくなるが、
肉体に負けない
心を作れ。


スッタニパータ433.434. 第3 大きな章 2.精勤経 9.10.

○中村元先生訳
433
(はげみから起る)この風は、
河水の流れも涸らすであろう。
ひたすら専心しているわが身の血が
どうして涸渇しないであろうか。

434
(身体の)血が涸れたならば、
胆汁も痰も涸れるであろう。
肉が落ちると、心はますます澄んでくる。
わが念いと智慧と統一した心とはますます安立するに至る。


○正田大観先生訳
436.(433) 
この風(瞑想する覚者の呼吸)は、
諸々の川の流れでさえも干上がらせるであろう。
しからば、どうして、自己を精励する
わたしの血が干上がらないというのだろう。(9)

437.(434) 
血が干上がっているとき、
胆汁は、さらには、痰は、干上がる。
諸々の肉が滅尽しているとき、心は、より一層、清まる。
わたしの、気づき(念)と、知慧と、
〔心の〕統一(定:三昧の境地)は、より一層、安立する。(10)


○パーリ語原文
435.
ナディーナマピ    ソーターニ
‘‘Nadīnamapi     sotāni,
諸河の・さえも    流れ  

アヤン    ワートー    ウィソーサイェー
ayaṃ     vāto       visosaye;
この     風は      干上がらせるだろう

キンチャ      メー    パヒタッタッサ
Kiñca        me     pahitattassa,
どうして・また  私の    励んでいる

ローヒタン     ヌパスッサイェー
lohitaṃ       nupasussaye.
血を        干上がらせないであろう


436.
ローヒテー    スッサマーナンヒ
‘‘Lohite      sussamānamhi,
血が        乾燥すると

ピッタン   セーンハンチャ    スッサティ
pittaṃ     semhañca       sussati;
胆汁を    痰を・と        乾燥する

マンセース   キーヤマーネース
Maṃsesu     khīyamānesu,
肉が       なくなるにつれて    

ビッヨー    チッタン   パスィーダティ
bhiyyo     cittaṃ     pasīdati;
ますます   心は     浄信する

ビッヨー    サティ   チャ   パンニャー    チャ
Bhiyyo     sati     ca     paññā       ca,
ますます   念      と    智慧     と

サマーディ  ママ    ティッタティ
samādhi    mama    tiṭṭhati.
禅定     私の     安立する


○一口メモ
今回の二偈は、ブッダの苦行の時の壮絶な状況が述べられています。

先ず、その精勤への意欲です。それを「この風」と表現されています。中村先生は「(はげみから起る)この風は」と解説されています。正田先生は「(瞑想する覚者の呼吸)」と説明しています。何れにせよ、それが河の流れを乾燥させるほどであったというのです。ですから、それで自分の身体を流れる血液を乾燥させるほどであったということです。苦行時代のブッダの像がありますが、まさに骨と皮だけの姿です。血管も見えますが、血液は乾燥しているのでしょう。

血液が乾燥すると、胆汁もsemhaは痰という意味もありますが、ここでは粘液でしょう。胆汁も体中の粘液も乾燥してしまいます。そうすると当然、筋肉も干からびてきます。このように肉体全体が干からびて来ると、並の修行者ならば、その心は意気消沈しまうのです。ブッダの場合は逆で、ますます心が冴えわたり、清らかになると述べられています。

そして、ブッダは「私の念と智慧と禅定が安立する」と述べました。昨日の偈で、信と精進と智慧と表現されていました。今回で念と智慧と禅定が表現されていますから、間違いなく五根が具わり、安立したということになります。五根の安立で涅槃への道は定まっているのでしょうが、これから先も平坦なものではなかったのです。具体的に言えば、この苦行を通じて得られた智慧により、この苦行の限界を知り、苦行を放棄して、新たな中道の道を発見して進むことになるのです。この苦行の期間も一貫してブッダには放逸、或るいは疑惑、或るいは心の散乱ということはなかったのです。

このブッダの態度を見て、意気消沈したのは悪魔ナムチだったのです。

今回の偈に参考になるダンマパダの偈があります。参考にして下さい。
この身体 壊れやすいと よく知って 智慧で戦い 心を守れ(40)
http://76263383.at.webry.info/201204/article_16.html


この風は 河川の流れ 枯れさせる わが血液を 枯渇させないか<433>

血が枯れて 肉が落ちれば 心澄(スミ) 念と禅定 智慧が安立<434>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎4月28日(月)から5月6日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが関西ウェーサーカ祭及び熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

ななつ
2014年04月23日 20:42
いつも励みになる記事をありがとうございます。
バイオリズムによって体調がすぐれないとき、瞑想がとてもつらいことがあります。
お腹のふくらみ縮みにまったく意識が行かず、慈悲の瞑想だけで終えてしまう日もあります。
でも、この記事を読んで自分は体を気にしすぎていたのかもしれないと思い、
お腹のふくらみ縮みに集中してラベリングするのでなく、
耳識、身識、意識の三つに分類して全ての感覚にサティをしてみました。
辛さが消えて、スムーズに座る瞑想をすることができました。
同じ要領で、歩く瞑想もできました。
食事を野菜とお米だけ、それも少なめにすると感覚が鋭敏になって集中力も上がりました。
家族に心配されますので、たまにしかできませんが。
生きとし生けるものが幸せでありますように。




こころざし
2016年06月23日 20:43
苦行時代のブッダの像は壮絶で、言葉不要の印象を感じます。体がこのようになっても心は冴え渡り・清らかになっていたのは、ブッダの並々ならぬ修行の姿勢を物語っているように思います。ここまでして下さったから、苦行に意味がなかったと断定できるように感じました。苦行をすれば救われる?と錯覚していた様な方が多数救われたのではと想像致します。ブッダの存在の偉大さを思います。