弟子達は 気づき絶やさず 実践し 涅槃の境地に おもむくだろう<445>

○少年少女のためのスッタニパータ445.
・・・
ブッダの教えを喜ぶ
弟子達は
気づきを絶やさず、
八正道を実践します。


スッタニパータ445.第3 大きな章 2.精勤経 21.

○中村元先生訳
445
かれらは、無欲となったわたくしの教えを実行しつつ、
怠ることなく、専心している。
そこに行けば憂えることのない境地に、
かれは赴くであろう。」

○正田大観先生訳
448.(445) 
わたしの教えを為す者たちは、
彼らは、〔気づきを〕怠らず、自己を精励する者たちである。
〔おまえが〕欲さずとも、彼らは、赴くであろう
――そこに赴いて〔そののち〕、憂い悲しまないところ(涅槃)へと」〔と〕。(21)


○パーリ語原文
447.
テー     アッパマッター   パヒタッター
‘‘Te     appamattā      pahitattā,
彼らは    不放逸に      自ら励んで

ママ     サーサナカーラカー
mama    sāsanakārakā;
私の    教えを実践する者たち

アカーマッサ    テー    ガミッサンティ
Akāmassa      te      gamissanti,
欲しなくとも    彼らは   行くだろう

ヤッタ     ガントゥワー   ナ    ソーチャレー
yattha     gantvā       na    socare’’.
そこに     行けば      ない   悲しまない


○一口メモ
始めに、この偈の中村先生訳と正田先生訳の違いについて述べておきます。それはAkāma(欲がない)は誰に欲がないのかの考え方によって違いが現れます。中村先生は「無欲になった釈尊が」と訳されておられます。しかし、正田先生は「悪魔が欲さずとも」とされておられます。ちなみに注釈書では「悪魔が望まなくとも」としてあります。私は釈尊が無欲なったとわざわざ書かなくともよいのかなと思います。

前偈で述べた念を確立すること、すなわち八正道の正念を実践することを、不放逸といいます。四念処(身受心法)において気づきを絶やさないことです。彼らとは弟子達です。そうして私(釈尊)の教えを実践すれば、次のような結果になると述べられています。

憂えることのない境地(憂い悲しまないところ)、すなわちは涅槃です。それは悪魔がいくら望まなくとも、悪魔が支配する輪廻の世界(欲望と苦しみの世界)から脱出した最高の安穏の世界に行くことなのです。

この事実は釈尊が悪魔の軍隊に勝利して、悟りを開かれから約2600年たった現代で変わらない真実です。多くの仏教徒によって検証されてきたことなのです。私たちは最高の安穏の世界に到達するためには、この偈の通りに気づきを絶やさす釈尊の教えを実践すればよいのです。


考えを 正し気づきを 保てば 悩み苦しみ なくなるだろう<445>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎4月28日(月)から5月6日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが関西ウェーサーカ祭及び熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

ななつ
2014年05月02日 22:04
原因は必ず結果につながっていきます。
私も頑張ります。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
こころざし
2016年06月26日 23:33
涅槃は凡夫の私には、その言葉以上のことは知る由もありません。ですが、貪瞋痴のエネルギーの流れから、輪廻を繰り返すと思われる・・方は容易に実感出来るように思います。
その後者の方の機会を減らし、修行をして、言葉でしか掴めない涅槃の世界を少しでも感じれるようになりたいです。