我という 思いなくして 世を歩く 聖者に捧げよ 功徳を求めて<466>

○少年少女のためのスッタニパータ466.
・・・
では君たちに告げます。
すべての事柄は消え去るものです。
常に気づきを持って励みなさい
ブッダの最後の言葉です。


第3 大きな章 4.献菓経(スンダリカ・バーラドヴァージャ経)12.

○中村元先生訳
466
執著することなくして、常に心をとどめ、
わがものと執したものを(すべて)捨て去って、世の中を歩き廻る人々、
──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


○正田大観先生訳
471.(466) 
執着することなく世を渡り歩き、
わがものと〔錯視〕された諸々のもの(執着の対象)を捨棄して、常に気づきある者たち
――彼らにたいし、〔正しい〕時に、捧げものを献じるがよい。
すなわち、功徳を期す婆羅門として、祭祀をするのであるなら。(14)


○パーリ語原文
470.
アサッジャマーナー    ウィチャランティ    ローケー
‘‘Asajjamānā        vicaranti         loke,
執着することなく      渡り歩き        世の中を          

サダー    サター        ヒトゥワー   ママーイターニ
sadā      satā          hitvā       mamāyitāni;
常に     気づきある人達   捨てて     我がものを

カーレーナ    テース    ハビャン   パウェッチェー
Kālena       tesu      habyaṃ    pavecche,
時に応じて    その人に   供物を    与えるがよい

ヨー   ブラーフマノー    プンニャペッコー  ヤジェータ
yo     brāhmaṇo       puññapekkho     yajetha.
もし    バラモンが      功徳を望んで    供養するならば



○一口メモ
今回も、どのような人に供物を献上したらよいかということがテーマです。今回は①執着がない人、②常に気づきのある人、③我がものという思いのない人、このような人に供物を献上すれば功徳があるということです。

「執着がない人」の執着についてはいろいろな言葉で表現されています。ここでは「サッジャマーナー」で表現されていますが、十二支縁起の執着と同じに考えてよいのです。執着(ウパダーナ)をなくした人はすべての苦をなくし、解脱した人になるのです。このような人を供養することは功徳があるのです。

「常に気づきのある人」とはどのような人でしょうか?常に気づきのあることを、別の言葉で言うと不放逸といいます。ブッダの最後の言葉でも次のように述べられました。

「では君たちに告げます。
すべての事柄は消え去るものです。
不放逸を励みなさい
Appamādena sampādetha(アッパマーデーナ サンパーデータ)」

常に気づくこと(不放逸)によって、悪をなさず、善に至り、智慧が開発されるのです。ですから、このような人を供養することには大きな功徳があるのです。

「我がものという思いのない人」は、どのような人でしょうか?
これを理解するために、ダンマパダ62番を読んでみましょう。
愚か者 子や財産で 苦悩する 自分も自分の ものではないのに(62)
http://76263383.at.webry.info/201205/article_7.html
我がものという思いのない人は、真実をありのままに見る人なのです。
我がものがないと正しく見ているので、我がものという思いがないのです。
真実を真実と見る人は覚者なのです。そのような人を供養することには功徳が大きいのです。


我という 思いなくして 世を歩く 聖者に捧げよ 功徳を求めて<466>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎5月30日(金)から6月5日(木)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが関西ウェーサーカ祭及び熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

こころざし
2016年07月04日 08:49
おはようございます。
気が付けていないと、その後の注意行動には移れないと実感しています。また貪瞋痴を回転させないようにするには、今に気が付いている事が不可欠と思います。昨夜も失敗しましたが、それはある意味では確信犯な姿勢もありました。それでは成長は乏しいと思いますので、不放逸をあらためて実践し、成長したいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。