マーガ学徒 ブッダに尋ねた 何者に お布施をすれば 功徳があるか<487>

○少年少女のためのスッタニパータ<487>
・・・
布施という友達もいました。
福田という友達がいました。
仏教を勉強して、
その意味が分かりました。
彼らの顔を思い出します。


第3 大きな章 5.マーガ経 1.

○中村元先生訳
487
マーガ青年がいった、
「袈裟を着け家なくして歩む寛仁なるゴータマさまに、
わたくしはお尋ねします。
この世で、施しの求めに応ずる在家の施主、福徳をめざして供物をささげ、
他人に飲食物を与える人が、祀りを実行するときには、
何者にささげた供物が清らかとなるのでしょうか。」


○正田大観先生訳
492.(487) 
かくのごとく、マーガ学徒が〔尋ねた〕
「ゴータマ〔姓〕の方(ブッダ)に、寛容なる方に、わたしは尋ねます。
黄褐色〔の衣〕(袈裟)を着け、家なき者として歩む方に、〔わたしは尋ねます〕。
すなわち、乞いに応じる施主たる在家者が、功徳を義(目的)に祭祀をするとして
――功徳を期す者が、この〔世において〕、食べ物と飲み物を、他者たちに施しながら〔祭祀をするとして〕
――祭祀をしている者の捧げものは、どのようにして、清まるのですか」〔と〕。(1)


○パーリ語原文
491.
プッチャーマハン     ゴータマン    ワダンニュン
‘‘Pucchām’ahaṃ    gotamaṃ     vadaññuṃ,
お尋ねします・私は   ゴータマ様に  寛大な

イティ     マーゴ    マーナウォー
(iti       māgho     māṇavo)
かくの如く  マーガは   学徒

カーサーヤワースィン    アガハン   チャランタン    
Kāsāyavāsiṃ          agahaṃ    carantaṃ;
袈裟を着け          家なくして   行く方に

ヨー      ヤーチャヨーゴー    ダーナパティ    ガハットー
Yo       yācayogo         dānapati       gahaṭṭho,
その人が   乞いに応じる      施主が       在家の

プンニャッティコー    ヤジャティ   プンニャペッコー
puññatthiko        yajati      puññapekkho;
福徳を求め        供養する    福徳を期待して

ダダン    パレーサン    イダ    アンナーパーナン
Dadaṃ     paresaṃ      idha    annapānaṃ,
与えるなら  他の人々に   ここに   食物と飲物を

カタン   フタン    ヤジャマーナッサ   スッジェー
kathaṃ   hutaṃ    yajamānassa      sujjhe’’.
どこに   供物を   供養するのに対して 浄まるでしょうか


○一口メモ
「マーガ経」も前回の「献菓経(スンダカ・バーラドヴァージャ経)」と同様に布施の功徳や供養に値する人について述べられたものです。しかし、スッタニパータ全体を見ると布施について書かれている経は少ないのです。

ダンマパダにもあまり多くなく、177番、223番、224番くらいです。これらの偈では布施によって自分のもの惜しみに打ち勝てと教えています。
177 愚か者 物惜しみして 嫌われる 賢い人は 布施を喜ぶ
177 http://76263383.at.webry.info/201208/article_26.html
223 怒りには 慈悲の心で 勝つように 不善は善で 貪には布施で
224 真実を 述べ怒らない 少しでも 求められれば 施すように
223 http://76263383.at.webry.info/201210/article_5.html
224 http://76263383.at.webry.info/201210/article_6.html

布施を受けるのに値する人については195偈、196偈があります。
195 偏見と 主観乗り越え 解脱した ブッダと弟子を 供養するなら
196 阿羅漢を 供養するなら その功徳 どんな人でも 数えられない
195 http://76263383.at.webry.info/201209/article_10.html
196 http://76263383.at.webry.info/201209/article_10.html

今回の偈に関して細かいことを述べれば、中村先生訳「寛容なる方」、正田先生訳「寛容なる方」のパーリ語は「vadaññu」ですが、これはvada(言葉)+ññu(知る者)ということで、乞う物の言葉を知る者、つまり寛容な者という意味になるのです。

また、この経では布施を受ける人と同時に布施する人の心のあり方にも述べられます。前回の経の繰り返しもありますが、飽きずに学んで下さい。精進とは繰り返しを厭わないことです。


マーガ学徒 ブッダに尋ねた 何者に お布施をすれば 功徳があるか<487>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎7月4日(金)から7月8日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2014年06月17日 12:57

怒りん坊、クヨクヨ、 色々な性格がありますが、自分にとって、物惜しみは非常に大切な課題のひとつです。取り上げられることの少ないテーマとのこと。心してとりくんでいきます。
こころざし
2016年07月10日 07:04
本文の「精進とは繰り返しを厭わないこと」を拝見し、繰り返して学ぶ中で、知識の回転から智慧に成長出来る様な、そんな機会を頂けているように思いました。分かったようなフリにならず、智慧が着けれるように何度でもやらせて頂きたいです。