自燈明 無一物なる 解脱者を 時に応じて 供養しなさい<501>及び<502>

○少年少女のためのスッタニパータ<501.502.>
・・・
自分というものは
自分を知ろうと思ったと途端に
自分ではなくなる。
自分は対象ではないからだ。


第3 大きな章 5.マーガ経 15.16.

○中村元先生訳
501
自己を洲(よりどころ)として世間を歩み、
無一物で、あらゆることに関して解脱している人々がいる。
──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

502
『これは(わたしの)最後の生存であり、もはや再び生を享けることはない』ということを
、この世で如実に知っている人々がいる。
──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


○正田大観先生訳
507.(501) 
彼ら、自己を洲(依り所)として世を渡り歩き、
無一物で、一切所に解脱した者たち
――彼らにたいし、〔正しい〕時に、捧げものを献じるがよい。
すなわち、功徳を期す婆羅門として、祭祀をするのであるなら。(16)

508.(502) 
彼ら、まさに、ここにおいて、このことを、それそのとおりに知る者たち
――〔すなわち〕『これは、最後〔の生存〕である。さらなる〔迷いの〕生存は存在しない』と
――彼らにたいし、〔正しい〕時に、捧げものを献じるがよい。
すなわち、功徳を期す婆羅門として、祭祀をするのであるなら。(17)


○パーリ語原文
506.
イェー     アッタディーパー    ウィチャランティ     ローケー
‘‘Ye      attadīpā         vicaranti         loke,
彼らは    自己を島として     渡り歩き        世間を

アキンチャナー    サッバディ   ウィッパムッティ
akiñcanā        sabbadhi     vippamuttā;
無一物で       一切所で    解脱している

カーレーナ    テース   バビャン    パウェッチェ
Kālena       tesu     habyaṃ     pavecche,
時に応じ    その人達に  供物を     供養するがよい

ヨー    ブラーフマノー    プンニャペッコー    ヤジェータ
yo     brāhmaṇo       puññapekkho      yajetha.
もし    バラモンが      功徳を望んで      祭祀をするのであるなら


507.
イェー     ヘッタ      ジャーナンティ   ヤター    タター    イダン
‘‘Ye      hettha      jānanti        yathā     tathā     idaṃ,
彼らは     ここで      知る         そのようで  その通り   これは        

アヤマンティン    ナッティ    プナッバウォーティ
ayamantimā      natthi     punabbhavoti;
これは最後      ない      輪廻転生は・と

カーレーナ    テース    バビャン    パウェッチェ
Kālena       tesu     habyaṃ     pavecche,
時に応じ    その人達に  供物を     供養するがよい

ヨー   ブラーフマノー    プンニャペッコー    ヤジェータ
yo     brāhmaṇo       puññapekkho      yajetha.
もし    バラモンが      功徳を望んで     祭祀をするのであるなら


○一口メモ
501偈のattadīpāのdīpāには、島(洲)と燈明と言う意味があるため、「自らを洲とせよ」あるいは「自らを燈明とせよ」と訳される場合がありますが、どちらも「自らを拠り所にせよ」という意味です。

この言葉は、大般涅槃経(長部経典第16)の中でブッダがアーナンダ尊者に対して「自らを洲(燈明)とし、法を洲(燈明)として修行せよ」との遺誡を残されたことで有名な話しです。

また、ダンマパダ25番にこの言葉が出てきます。
25 奮起して 気づきによって 自制して 暴流に流れぬ 人格作れ
25 http://76263383.at.webry.info/201204/article_1.html

25.やる気だし 不放逸により 自制により 調御によりて 不流島になれ
http://76263383.at.webry.info/200901/article_12.html
これは上記と同じ偈の解説ですが、始めのものであり、具体的ですから、再掲します。

「釈尊の説法の目的はいつでもどこでも人々の真の幸福への道、涅槃への道なのです。この詩においてもその通りなのです。この詩の3行目、4行目「賢者は激流に押し流されない 島を作るべきだ」の意味は、まず、激流とは煩悩のことであります。島とは自己のことです。つまり、賢者は煩悩に負けない自己を作れ。煩悩に負けない自分になれと教えているのです。それが涅槃への道なのです。

そのためには、この詩の1行目、2行目に述べられている①やる気によって、②不放逸によって、③自制によって、④調御によって、四つの方法が必要なのです。

これは自動車の運転に似ています。車を始動するにはアクセルを踏む必要があります。やる気とはアクセルです。また、車を正しく運転するには、車の周りの状況やスピード、車の向きなどを常に観察必要があります。これは、身体、感覚、心、法を常に観察する不放逸です。車においては状況認識です。

車のスピードが早すぎればブレーキを踏まなければなりません。すなわち、これは欲が増え、怒りが現れれば抑制しなければならないということです。自制とはブレーキです。

車は右により過ぎれば左に向きを変えます。また左により過ぎれば右に向きを変えます。修行で言えば、苦行でなく、快楽でもない中道なのです。ただ、修行の中道という意味は真ん中という意味ではなく、超越した道です。もう少し具体的に言えば八正道です。

私たちは車を目的地に向かって運転するように、車が暴走しないように、アクセルを踏み、状況を常に観察し、ブレーキを踏み、ハンドルを動かすように、私たちは涅槃に向かって、①やる気を出して、②不放逸によって、③自制によって、④調御によって、煩悩に負けない自己を作るべきなのです。」(以上引用)

自己を拠り所にして生きることにより、何事にも執着しないで生きること、すなわち無一物で生きることができるのです。何も持たずに生まれ、何物もなくても死ねるのですから。そのような人々は何事からも自由なのです。「一切所に解脱した」とは、五蘊(身体、感覚、概念、意思、認識)、眼、耳、鼻、舌、身、意、色、声、香、味、触、法などに執着がなく自由であるということです。このような人は阿羅漢です。このような人々を供養すれば大きな功徳があるのです。

502偈は「『これは(わたしの)最後の生存であり、もはや再び生を享けることはない』ということを、この世で如実に知っている人々がいる。」これらの人々は解脱して阿羅漢になられた方です。これらの人々に供物を供養すれば、その功徳は大きいということです。


自燈明 無一物なる 解脱者を 時に応じて 供養しなさい<501>

この生を 最後だと知る 人々を 時に応じて 供養しなさい<502>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎7月4日(金)から7月8日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

こころざし
2016年07月13日 06:04
①やる気によって、②不放逸によって、③自制によって、④調御によって、四つの方法を、今の自分に照らして考えました。
やる気はあります。不放逸は状況により出来ている時があります・・(反省致します)。自制は出ていない時がありますので、失敗してしまう前に止めれるようにしたいですが、出来てない時があります。調御ですが、今の自分の状態が何かに傾いていないかを確認するような姿勢を適宜持てるようにしたいです。
やるもやらないも自分次第と思います、今を大切にして実践していきたいです。