前中後 正しく供養 行えば 梵天界に 生まれ変われる<509>及び<あとがき>

○少年少女のためのスッタニパータ<509>
・・・
インドのバラモンたちは
梵天の神々に
生まれ変わりたいと
思っていたのですね。


第3 大きな章 5.マーガ経 23.<あとがき>

○中村元先生訳
509
尊き師は答えた、
「マーガよ。三種の条件を具えた完全な祀りを実行するそのような人は、
施与を受けるにふさわしい人々を喜ばせる。
施しの求めに応ずる人が、このように正しく祀りを行うならば、
梵天界に生まれる、と、わたくしは説く。」


<あとがき>
 このように説かれたときに、マーガ青年は師にいった、「すばらしいことです。ゴータマ(ブッダ)さま。すばらしいことです。ゴータマさま。あたかも倒れた者を起こすように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るであろう』といって暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさま種々のしかたで真理を明らかにされました。だから、わたくしはゴータマさまに帰依したてまつる。また真理と修行僧のつどいとに帰依したてまつる。ゴータマさまはわたくしを在家信者として受け入れてください。今日から命の続く限り帰依いたします。」


○正田大観先生訳
515.(509) 
かくのごとく、世尊は〔答えた〕
「マーガさん、彼が、祭祀をするとして、そのような者は、施与されるべき者たちによって、
三種類の、祭祀の成就(祭祀の前後とその最中において、心が清まること)を達成するでしょう。
『このように、正しく祭祀をして〔そののち〕、
乞いに応じる者は、梵世に再生する』と、〔わたしは〕説きます」〔と〕。(24)


<あとがき>  このように言われたとき、マーガ学徒は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、すばらしいことです。……略……。今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として〔認めてください〕」〔と〕。ということで――


○パーリ語原文
514.
ヨー    ヤジャティ    ティウィダン    ヤンニャサンパダン
‘‘Yo     yajati       tividhaṃ      yaññasampadaṃ,
彼が    供養する     三種の      供養の成就成功

マーガーティ   バガワー
(māghāti      bhagavā)
マーガよと    世尊は(答えた)

アーラーダイェー    ダッキネッイェービ        ターディ
Ārādhaye         dakkhiṇeyyebhi          tādi;
達成するだろう     供養に相応しい人々によって そのような

エーワン    ヤジトゥワー   サンマー     ヤーチャヨーゴー
Evaṃ       yajitvā       sammā      yācayogo,
このように   供養して     正しく       求めに応じる人は

ウパパッジャティ   ブラフマローカンティ    ブルーミーティ
Upapajjati        brahmalokanti        brūmī’’ti.
再生する        梵天の世界にと       私は言う・と


<後書き>のパーリ語原文は省略します。


○一口メモ
昨日の偈でマーガ学徒は世尊に「誰が清らかとなり、解脱するのですか? 誰が縛せられるのですか?何によってひとはみずから梵天界に至るのですか?」(中村先生訳)としました。

それに対する世尊のお答えが今回の偈ですが、注釈書ではこのことに関して次のように説明しています。比丘は慈の修行で三禅、四禅を起こし、それを基礎にして観察修行で阿羅漢になる。その修行者は清まり、解脱して、梵天界には行かない。阿羅漢は輪廻から解脱しているからです。

しかし、慈の修行をした人は輪廻につかまっても、禅定は失わず、その禅定によって梵天界に行く。そのため、世尊はバラモンの学徒に適した方法によって、すなわち「正しく供養することによって人は梵天界に行くことこの偈で述べたのであるとしています。

「三種の条件を具えた完全な祀りを実行するそのような人は」の「三種の条件」とは、供養の前、供養する時、供養の後の心の清らかさをいいます。この三つの時に喜びがなければいけません。供養の前やその時に供養をしたくないと思う、或は供養のあとに後悔してはいけないということです。

また三つの条件とは、常にということです。既に述べましたが、慈経の言葉、「立っている時も、歩いている時も、坐っている時も、あるいは横になっていて眠っていない限り、この慈悲の念をしっかり保っていて下さい」ということです。また、供養は機縁ということも、供養を契機に慈悲の気持ちを持ち続けて下さいということです。

ということで、今回の偈と「あとがき」を以て「マーガ経」が終わります。明日からは「サビヤ経」が始まります。しばらく、スッタニパータの中では長い経が続きます。これはこの章が大きな章という理由でしょう。しかし、頑張って読んでいきましょう。お付き合いをお願いします。


前中後 正しく供養 行えば 梵天界に 生まれ変われる<509>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎7月4日(金)から7月8日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

こころざし
2016年07月15日 06:18
梵天界に生まれたい、と思う気持ちは、解脱したいと思う事と似ているのかなと感じました。その目標に向けてそれが叶うように、少しでも今・ここで実践をしていきたいです。