疑いを 晴らしてくれた ブッダ様 温和な方よ 礼拝します<540>

○少年少女のためのスッタニパータ<540>
・・・
温和な人になることは
自分にも、他人にも
世界にも
偉大なことなのです。


第3 大きな章 6.サビヤ経 31.

○中村元先生訳
540
あなたはわたくしに疑惑のあるのを知って、
わたくしの疑いをはらしてくださいました。わたくしはあなたに敬礼します。
聖者の道の奥をきわめた人よ。
心に荒みなき、太陽の末裔よ。あなたはやさしい方です。


○正田大観先生訳
546.(540) 
〔まさに〕その、わたしが疑ってきたことを、〔あなたは〕了知しておられました。
〔その〕疑惑から、わたしを超え渡してくれました。あなたに、礼拝〔有れ〕。
牟尼よ、諸々の寂黙の道において得るものを得た方よ、
鬱屈なき方よ、太陽の眷属よ、〔あなたは〕温和なる方として〔世に〕存しています。(31)


○パーリ語原文
545.
ヤン    メー    カンキタマンニャースィ
‘‘Yaṃ   me     kaṅkhitam   aññāsi,
その   私の    疑っていたことを・了知して

ウィッチキッチャー     マン   ターライ    ナモー    テー
vicikicchā          maṃ   tārayi      namo     te;
疑いから          私を   渡らせた   礼拝     あなたに   

ムニ   モーナパテース    パッティパッタ
Muni    monapathesu     pattipatta,
聖者よ  聖者の道において  得るものを得た方

アキラ     アーディッチャバンドゥ   ソーラトースィ
akhila      ādiccabandhu         soratosi.
頑迷のない  太陽の眷属よ        温和な方である


○一口メモ
今回の偈の前半では、遊行者サビヤさんは、ブッダが自分にいろいろ疑問があり、それについて悩んでいることを知っておられたと述べています。そして、その疑問に答えてくれて、自分の疑いを晴らしてくれたと感謝しているのです。それをブッダに礼拝することで表現しているのです。

次は直訳では「聖者の道において得るものを得た方」に意味は、中村先生の訳の「聖者の道の奥をきわめた人」と言うことになります。では「聖者の道の奥」とは何なのでしょうか?この問題に答える前に、この偈の最後の言葉「温和な方」を調べてみましょう。

この言葉はサビヤさんの20の質問の2番目「何によって<温和な人>となるのですか?(何によって、『温和な者』と〔言うのですか〕)」にある言葉です。これに対して、ブッダの解答は515番の偈で説明しました。その内容は次のブログ記事にあります。
平静で 念を具えて 害しない 興奮しない 彼は温和<515>
http://76263383.at.webry.info/201407/article_4.html

温和とは、次のようなことです。
① 冷静で平等であること。無関心のように見えるが、執着がないことなのです。
② 念があるとは気づきがあることなのです。自分の身口意の行動が自覚的であることです。
③ 生き物を殺さないこと。生き物に対する慈しみの心があることです。
④ 激流に例えられる激流を渡ったこと。煩悩を克服したことです。
⑤ 心に煩悩がありませんから、心には濁りがなく澄み切って透明であることです。
⑥ 情欲の高まりがなく、興奮することがないこと。
これらの特徴を持つ人をブッダは「温和な人」と呼ぶと言われるのです。

ですから、サビヤさんがブッダを「温和な方(やさしい方)と言われたのは、ブッダはこのような方だと称賛したことなのです。では「聖者の道の奥をきわめた」は何なのでしょうか?答えは上の①から⑥にあると思います。②、③などから始めて、①、④、⑤、⑥などになるのでしょう。

太陽の末裔(太陽の眷属)とは、ゴータマ・ブッダを意味しています。スッタニパータの54偈で説明しました。
集会を 楽しむ人は 解脱ない ブッダの言葉で 一人で歩く<54>
http://76263383.at.webry.info/201305/article_24.html


疑いを 晴らしてくれた ブッダ様 温和な方よ 礼拝します<540>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。

この記事へのコメント

こころざし
2016年07月24日 08:19
温和な人に是非なりたいと思いますが、余裕がなくなる時、怒りだ出た時等で「情欲の高まりがなく、興奮することがない」の反対の状態になります。特に興奮してしまうと、もう目も当てられない状態になり、サティも出来ずいたずらに労力・時間を使いその後ぐったり疲れ、自分の修行不足を実感する機会になってしまいます。
温和な人に本当の意味でなれるようにしたいです。