修行して 涅槃に至り 疑を越えて 輪廻を脱した 彼は修行僧<514>

○少年少女のためのスッタニパータ<514>
・・・
ブッダは言います。
自分の意志で出家し、
修行を完成し、
清らかな生活をし
生と死を超越した人
彼が比丘だと。


第3 大きな章 6.サビヤ経 5.

○中村元先生訳
514
師は答えた、
「サビヤよ。みずから道を修して完全な安らぎに達し、
疑いを超え、生存と衰滅とを捨て、
(清らかな行いに)安立して、迷いの世の再生を滅ぼしつくした人、
──かれが<修行僧>である。


○正田大観先生訳
520.(514) 
かくのごとく、世尊は〔答えた〕
「サビヤさん、自己〔自身〕が作り為した道によって、
完全なる涅槃に至り、疑いを超えた者
――虚無(非有:無)も、実体(有:存在)も、〔両者ともに〕捨棄して、
さらなる〔迷いの〕生存が滅尽した、〔梵行の〕完成者――彼は、『比丘』〔と呼ばれます〕。(5)


○パーリ語原文
519.
パッジェーナ    カテーナ    アッタナー
‘‘Pajjena       katena     attanā,
道によって     作った     自分で

サビヤーティ    バガワー
(sabhiyāti      bhagavā)
サビヤよ・と    世尊は(答えた)

パリニッバーナガオー    ウィティンナカンコー
Parinibbānagato        vitiṇṇakaṅkho;
般涅槃に達し         疑いを越えて 

ウィバワンチャ   バワンチャ    ウィッパハーヤ
Vibhavañca      bhavañca     vippahāya,
非存在を・と     存在を・と    捨てて

ウスィタワー    キーナプナッバウォー    サ    ビック
Vusitavā       khīṇapunabbhavo      sa    bhikkhu.
安立して      再度の生存の尽きた人  彼は   比丘(なのだ)


○一口メモ
遊行者サビヤさんの「何を得た人を出家修行者(比丘)というのですか?」という質問に対するブッダの解答がこの偈です。

このブッダの解答は、あるべき比丘の状態が述べられています。私ワンギーサは比丘として修行し、生活していますが、このブッダの解答からは、私は比丘とは言えないのです。ブッダの解答によれば比丘は阿羅漢であるべきだということになりますから。厳しい解答ですが、現状に安住せずに精進すべきだということです。

この解答を順番に調べて行きましょう。「みずから道を修して(自己〔自身〕が作り為した道によって)」は、他人から勧められたり、あるいは強制されてではなく、自分の自発的意思で始めた修行によってと意味です。しかし、これは自ずからという意味とも取れます。そうであるならば、その時は自然にという意味にもなります。今は両方の意味を含むと考えておきたいと思います。

そして修行を完成して、完全な涅槃に達するということです。それはすべての煩悩を克服してということです。ですから、当然疑惑(疑い)を克服しているのです。

「生存と衰滅とを捨て(虚無(非有:無)も、実体(有:存在)も、〔両者ともに〕捨棄して)」とは、「有・無を超越した」ということです。これと同様の趣旨のことはスッタニパータ第1蛇の章の6番の偈にありました。

怒りなく 妄想しない 修行者は この世あの世を ともに捨て去る<6>
http://76263383.at.webry.info/201304/article_6.html

更に、説明すれば、有・無の世界は現象の世界です。涅槃は現象の世界を超越した世界ですので、このように表現されているのだと思います。7月1日の「一口メモ」で「ブッダは阿羅漢の境地からその一つ一つに二十の偈で答えることになります。」と書きましたが、「阿羅漢の境地からの答え」とはこのことです。阿羅漢でない人には分からないことですが、自分の理解に引き寄せるのではなく、自分の理解とのギャップを感じておくことが必要なのだと思います。

「(清らかな行いに)安立して、迷いの世の再生を滅ぼしつくした人」は阿羅漢です。彼は輪廻から解脱しているのです。ブッダの言う比丘とはあるべき比丘で阿羅漢なのです。


修行して 涅槃に至り 疑を越えて 輪廻を脱した 彼は修行僧<514>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎7月4日(金)から7月8日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎7月11日(金)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。当日、ゴータミー精舎で雨安居入りの法要が行われるためです。瞑想はできなくともその法要に是非参加してください。


◎7月12日(土)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会もお休みいたします。当日、スマナサーラ長老の月例講演会が中野ゼロホールで行われるためです。テーマは「どうして仲良くできないの?~差別と区別の違いを知る~」です。まだその講演会に予約されてない方は、是非日本テーラーワーダ仏教協会のホームページから申し込んで下さい。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

はなはち
2014年07月03日 21:51
雨安居をこれから迎えるにあたり
生きとし生けるものがしあわせでありますように。
お坊様たちが成功し願い事がかなえられますように。
在家者もお坊様たちの修行を支えともに成功をおさめますように。
SRKWブッダ
2014年07月26日 10:08
この世は無常である。すべては移ろう。ゆえに、迷いの世の再生もまた滅ぼすことができる。それを説くのが仏教である。

また、このことを誰もが為し得る。それを説くのが仏教である。

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こころざし
2016年07月17日 07:20
自らの意志で実践し、そして修行を成就させる事、とても大切で・簡単ではない、一生かけて挑戦するものと感じます。またその姿勢が維持できれば、落とし穴に落ちる機会は減ると思います。
志をもって日々を実践して参りたいです。