人々は 自分の業に 従って 死んでいく よく見るように<587>

○少年少女のためのスッタニパータ<587>
・・・
どんな生きものも
死が近づくと、
恐れておののく。
死が怖いのだ。


第3 大きな章 8.矢経(葥経:せんきょう)14.

○日本テーラワーダ仏教協会「日常読誦経典」訳
587.
摂理によって死んでいく
他の人々も見るがよい。
死期が近づくと、
生命は震えるもの。


○中村元先生訳
587
見よ。他の(生きている)人々は
また自分のつくった業にしたがって死んで行く。
かれら生あるものどもは死に捕らえられて、
この世で慄えおののいている。


○正田大観先生訳
593.(587) 
〔自己の作り為した〕行為(業)のままに近づき行き、〔他世へと〕赴く、
他の人たちをもまた、見よ。
死魔の支配に帰り来て、
この〔世において〕、まさしく、震えおののいている、命あるものたちを。(14)


○パーリ語原文
592.
アンニェーピ     パッサ   ガミネー
Aññe・pi        passa    gamine,
他の・も        見よ    死去を

ヤターカンムーパゲー    ナレー
Yathā・kammūpage      nare;
ように・業に従って      人々を

マッチュノー    ワサマーガンマ
Maccuno      vasamā・gamma,
死の        力が・近づくと

パンダンテー      パーニノー
phandante・v’idha    pāṇino.
震える・ただ・ここで  生きものは


○一口メモ
日本テーラワーダ仏教協会「日常読誦経典」訳の一行目、「摂理によって死んでいく」この摂理を次の四つに分類して教えています。
1.寿命死:ロウソクの芯が無くなり、火が消えていくように、寿命が尽きて死ぬ。老衰による死を意味します。
2.業死:ロウソクの蝋が無くなり、火が消えていくように、その生命をもたらした業が尽きて死ぬ。事故に遭わずに急に若死にする。
3.寿命業死:ロウソクと蝋の両方が無くなり、火が消えていくように、寿命も業も尽きて死ぬ。
4.中断死:ロウソクの芯と蝋の両方がまだあるのに、強い風が急に吹くなどによって火が消されるように、寿命や業がまだあるのに過去世の業が機会を得ることによって故意に殺されたり、自殺したり、事故死したりする。

上の説明で寿命も広い意味では業によるものなので、死は業に従うと言ってよいのです。それは、どの様な意味かといえば、生き物を傷つけたり、殺したりすれば、来世は早死する、逆に生き物を慈しみ、命を助けたりすれば、長生きすると言われています。しかし、業というものは複雑なものなので、単純に早死した人を前世で生き物を殺したのだなどと判断しては行けません。

さて、今回の偈に戻ると、人はそれぞれいろいろな業を持っていますから、死に方もいろいろなのです。その様な他の人々の死を見よと述べています。そうすると、死に近づいた人々は、恐れ慄いているのが分かります。死を恐れているのです。それはなぜですか?死を知らないからです。死は苦しい、恐ろしいものだと思っているからでしょう。また、生きたいという執着があるからでしょう。


人々は 自分の業に 従って 死んでいく よく見るように<587>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎雨安居中のゴータミー精舎では火曜日の夜の自主瞑想の始めに「初法輪経」を唱えることにしました。興味がある方は是非参加してください。心が穏やかになり、「眼が生じ、智が生じ、慧が生じ、明らかになり、光が生じる」気がします。(初転法輪経の言葉)


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2014年09月01日 18:14
寿命、変えられない部分は
致し方ありません。

せめて、
せっかくの修行の期間を
自ら短くすることのないよう、
努力、努力。^^

実践君
2014年09月01日 21:17
 業について、今月のパティパダー48ページにあったこと、今回の一口メモにあったこと、納得しました。
 同じコインの裏表、生も業に従うのでしょう、と思いました。
こころざし
2016年08月09日 08:02
職業柄死にそうな人に接する事がある程度日常にあります。医療等それに対応し延命する手段はあるのですが、結局それでどうなるかはその人次第ですし、何より救命出来るご縁の流れで発症するか、そうでない状況でそうなるかの違いも感じます。
それは業の流れと思いますと納得する面もありますが、どんな状況でも驚かないという事と、今目の前の事に対処行動するしかない形で恐れず・怖がらずにやって参りたいです。