人々は 百年以上 生きたとて 最後はわかれ 命を捨てる<589>

○少年少女のためのスッタニパータ<589>
・・・
早死すると
親しい人々と早く別れるが、
長生きしても
親しい人々が先に逝き
別れることになる。


第3 大きな章 8.矢経(葥経:せんきょう)16.

○日本テーラワーダ仏教協会「日常読誦経典」訳
589.
もし百年、
あるいはもっと長く人が生きるとしても、
親族が死別する。
ついに自分も命を捨てる。


○中村元先生訳
589
たとい人が百年生きようとも、
あるいはそれ以上生きようとも、
終には親族の人々すら離れて、
この世の生命を捨てるに至る。


○正田大観先生訳
595.(589) 
たとえ、百年のあいだ、生きるとして、
あるいは、また、若くある者が、より一層〔生きるとして〕、
親族たちの群れとは別れ別れと成り、
この〔世において〕、生命を捨棄する。(16)


○パーリ語原文
594.
アピ    ワッササタン    ジーウェー
Api     vassasataṃ     jīve,
もし    百年         生きるとしても

ビッヨー    ワー    パナ    マーナウォー
bhiyyo     vā      pana    māṇavo;
より多く    或いは  また    青年が

ニャーティサンガー    ウィナー    ホーティ
Ñātisaṅghā         vinā       hoti,
親族の集団が       離れて    ある

ジャハーティ    イダ    ジーウィタン
Jahāti        idha     jīvitaṃ.
捨てる       この世で  命を


○一口メモ
お釈迦様は、丁寧で、親切ですね。本当に私たちがよく分かるように、手を変え、品を変えて真理について教えて下さいます。

今回は、ある若者が100歳或いはそれ以上長生きしたとしても、2500年前のインドでも、100歳かそれ以上の長寿者はいたのでしょう。しかし、長生きしたとしても、自分の親しい人々とは、死に別れ、あんまり長生きすると、自分の知人は一人もいなくなり、孤独な生活を送らなければなりません。それも寂しいことですね。そして、最後は死ぬのです。

このように書いてくると仏教の話は暗いと思われますが、実は暗くないのです。私たちが思い違いをしているから暗いと思ってしまうのです。仏教は事実を正しく認識して、事実をいかに対処するか教えています。それは明日からの偈で説明することになります。


人々は 百年以上 生きたとて 最後はわかれ 命を捨てる<589>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎雨安居中のゴータミー精舎では火曜日の夜の自主瞑想の始めに「初法輪経」を唱えることにしました。興味がある方は是非参加してください。心が穏やかになり、「眼が生じ、智が生じ、慧が生じ、明らかになり、光が生じる」気がします。(初転法輪経の言葉)


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2014年09月03日 08:44
長寿だった祖母が時々
電話帳や年賀状を見て
「みんないなくなっちゃった」
と言っていたのを思い出しました。

長生きの現実、そして、
100%確実に死に至るという現実。

どんな対処法がでてくるのやら。
期待しています。
こころざし
2016年08月10日 05:45
もし長生きが出来るとしても、例えば200年とか生きたら、もう孤独にしかならないかもと感じます。長生きにも適度な度合いがありそうですね。現実は生きても100才前後になるかと思いますが、その生存に執着する事を止めるれるようにしたいです。