バラモンは どんな時でも 敵意なく 心静かで 執着しない<630>

○少年少女のためのスッタニパータ<630>
・・・
あの子はいじわるでも、
ぼくはいじわるしない。
あの子はぶつけど、
ぼくはぶたない。
ぼくは楽しく遊ぶのだ。


第3 大きな章 9.ヴァーセッタ経 37.

○中村元先生訳
630
敵意ある者どもの間にあって敵意なく、
暴力を用いる者どもの間にあって心おだやかに、
執著する者どもの間にあって執著しない人、
──かれをわたくしは<バラモン>と呼ぶ。


○正田大観先生訳
636.(630) 
〔道を〕遮る者たちのなかにいながら遮ることなき者(一切にたいし敵意なき者)を、
棒(武器)を取る者たちのなかにいながら涅槃に到達した者を、
執取〔の思い〕を有する者たちのなかにいながら執取〔の思い〕なき者を
――わたしは、彼を『婆羅門』と説きます。(37)


○パーリ語原文
635.
アウィルッダン    ウィルデース
Aviruddhaṃ      viruddhesu,
敵意のない人    敵意のある人々の中で

アッタダンデース     ニッブタン
attadaṇḍesu        nibbutaṃ;
棒を持つ人々の中で  涅槃に至った人

サーダーネース    アナーダーナン
Sādānesu         anādānaṃ,
執着ある人々の中で 執着のない人

タマハン  ブルーミ  ブラーフマナン
tamahaṃ   brūmi    brāhmaṇaṃ.
彼を私は  呼ぶ    バラモンと


○一口メモ
今回は2009年10月に書いたこの偈の解説を再掲載します。

 「朱に交われば赤くなる」という言葉があります。「人は交わる友達によって、善悪どちらにも感化される。」という意味です。ですから、敵意ある人々の中にいると敵意のある人間なり、暴力を振るう人々の中にいると暴力的な人間になり、執着する人々の中にいると執着する人間になるというのが普通の人間です。

 しかし、バラモンは「 敵意ある人々の中にいて敵意なく、暴力を振るう人々の中にいて心静かで
、執着する人々の中にいて執着しない人」だとこの詩では述べています。普通の人間ではできないことをやっているということです。

 実は、敵意や暴力や執着などは、そのような人々と交わらなくとも自分の心の中にあるのですから、自分の中から敵意や暴力や執着をなくさなければ、敵意のない、心静かな、執着のない人にはなれません。

 この「第26章バラモン」では、これらができているバラモンについて歌っています。以前述べた「第15章 幸福」の197番、198番、199番の詩は、幸福になるために、次のように歌っています。

真に気楽に生きてみよう
怨みのある世の中で怨みなく
怨みのある人々の中で
怨みのない人間として生活しよう

真に気楽に生きてみよう
悩みのある世の中で悩みなく
悩みのある人々の中で
悩みのない人間として生活しよう

真に気楽に生きてみよう
求め過ぎの世の中で求めずに
求め過ぎの人々の中で
求めない人間として生活しよう

 昨日は怨みなく生きることはできなくとも、今日は怨みなく生きてみましょう。
 昨日は悩みなく生きることはできなくとも、今日は悩みなく生きてみましょう。
 昨日は求めることなく生きることはできなくとも、今日は求めることなく生きてみましょう。

 難しそうですが、妄想しないように生きればいいのです。
 ヴィパッサナー瞑想はそのための練習ですし、その練習をしながら真理を発見するでしょう。


この偈の解説は次の記事も参考にしてください。
2008年12月の解説
http://76263383.at.webry.info/200812/article_14.html

2009年10月の解説
http://76263383.at.webry.info/200910/article_19.html

2013年3月の解説
http://76263383.at.webry.info/201303/article_5.html


バラモンは どんな時でも 敵意なく 心静かで 執着しない<630>



○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎雨安居中のゴータミー精舎では火曜日の夜の自主瞑想の始めに「初法輪経」を唱えることにしました。興味がある方は是非参加してください。心が穏やかになり、「眼が生じ、智が生じ、慧が生じ、明らかになり、光が生じる」気がします。(初転法輪経の言葉)


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2014年09月30日 18:12
怒らないですむ恵まれた環境では
わかったような気になります。

根治しているわけではないので、
条件がそろうと、怒りがむくむくと。

どんな状況でも揺るがない、
しっかりした慈悲の心を育てます。
こころざし
2016年08月19日 07:20
これまでの体験で、ズルい事をする人がいると、自分も・・と同調しないと損!的な発想をする自分がいました。また、例えですが、赤信号皆で渡れば怖くない・・もあったように思います。そのような甘え・無知を捨て、律して生きれるようにしたいです。