苦しみの 矢を引き抜いて 憂いない 静寂を得た 阿羅漢となれ<593>

○少年少女のためのスッタニパータ<593>
・・・
どんな悲しみに直面しても、
それを乗り越えて、
一切の苦しみのない、
悩みのない人になれ


第3 大きな章 8.矢経(葥経:せんきょう)20.

○日本テーラワーダ仏教協会「日常読誦経典」訳
593.
箭を引き抜き、涼やかになり、
こころのやすらぎを得る。
一切の悲しみを乗り越えて、
悩みなき寂静に達する。


○中村元先生訳
593
(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、
心の安らぎを得たならば、
あらゆる悲しみを超越して、
悲しみなき者となり、安らぎに帰する。


○正田大観先生訳
599.(593) 
矢が引き抜かれた者は、〔何ものにも〕依存せず、
心の寂静を得て、
一切の憂いを超え行き、
憂いなく、涅槃に到達した者と成る。ということで――(20)


○パーリ語原文
598.
アブルーハサッロー    アスィトー
Abbuḷha・sallo        asito,
抜き去り・矢を       依存しない人は

サンティン    パップッヤ   チェータソー
santiṃ       pappuyya    cetaso;
寂静を      得て       心の

サッバソーカン   アティッカントー
Sabbasokaṃ     atikkanto,
一切の悲しみを  超えて

アソーコー   ホンティ    ニッブトーティ
asoko       hoti       nibbuto・ti.
悲しみのない なる       涅槃が・と


○一口メモ
ここで述べられている矢は、昨日述べられた偈のように、悲しみと渇愛と憂いを意味していると考えても良いですが、中村先生の訳の通りに煩悩の矢と考えても良いでしょう。煩悩の矢を抜き去った人は、何物にも依存することなく、何事にもこだわることがないのです。そのような人は心の寂静を得て、一切の悲しみを乗り越えているのです。一切の憂いのない涅槃に達しているのです。彼は解脱した阿羅漢なのです。

今回の偈で「矢経」は終わります。復習のために、この経の各偈を要約した短歌を再掲載します。この経の全体の流れを味わって下さい。

1.兆しなく 知ることできず ここに死ぬ その上人生 苦があるのみ<574>

2.死を避ける 方策はなし 老いならずとも 死ぬは必定 不変の法則<575>

3.よく熟れた 果実のごとく 地に落ちる 生まれたものには 死の恐怖ある<576>

4.瀬戸物が 割れて壊れて 地に帰る 死ぬべきものも 地に帰るなり<577>

5.若者も 老いたる者も 賢も愚も 死力に引かれ 究極は死す<578>

6.死に敗れ 去り行く者を 父も子も 親族もまた 救うこと得ず<589>

7.親族は 嘆き悲しむが 人々は 牛の如くに 死に向かう<580>

8.この真理 賢者は知って 生命の 老死について 嘆くことなし<581>

9.死ぬ人の 生前死後も 知らないで 知ることなしに 無意味に嘆く<582>

10.嘆くこと 身体損なう 少しでも 役立つならば 嘆くべきです<583>

11.少しでも 嘆き悲しみ 役立たず 身体損ねて 苦悩が増える<584>

12.嘆くなら 身体はやせて 色失せて 死者は戻らず 得るところなし<585>

13.嘆くこと 捨てないならば 苦が増える 死者を嘆けば 嘆きに捕まる<586>

14.人々は 自分の業に 従って 死んでいく よく見るように<587>

15.人々の 結果は意図と 異なって 死んで行く よく見るように<588>

16.人々は 百年以上 生きたとて 最後はわかれ 命を捨てる<589>

17.それゆえに 阿羅漢に聞き 憂い捨て 帰らぬ人と 悲しみを去れ<590>

18.たとえると 燃える家屋を 消すように 生じた憂い 捨て去るように<591>

19.安らぎを 求めるならば 愛着と 苦しみの矢を 引き抜くように<592>

20.苦しみの 矢を引き抜いて 憂いない 静寂を得た 阿羅漢となれ<593>

以上です。明日からは、新たに「ヴァーセッタ経」が始まります。


苦しみの 矢を引き抜いて 憂いない 静寂を得た 阿羅漢となれ<593>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎9月19日から9月23日まで熱海に瞑想合宿があり、ワンギーサ比丘はそれに参加しますが、ゴータミー精舎における朝の自主瞑想会は通常通り開催します。
夜の自主瞑想会は9月19日(金)、22日(月)、23日(火)は開催しますが、9月20日(土)、9月21日(日)は休みます。


◎雨安居中のゴータミー精舎では火曜日の夜の自主瞑想の始めに「初法輪経」を唱えることにしました。興味がある方は是非参加してください。心が穏やかになり、「眼が生じ、智が生じ、慧が生じ、明らかになり、光が生じる」気がします。(初転法輪経の言葉)


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。

この記事へのコメント

あすか
2014年09月08日 17:48
ブログでの学習は終わりますが、
大切な偈ですので繰り返し復習します。
こころざし
2016年08月11日 06:10
どんな状況でも苦しみのない・悩みのない人になる、為には真理を理解し・俗世間的なものを超越する必要があるように思います。
悲しみ等の矢が刺さらない様に、修行をしてその域を超えれるように精進したいです。