もろもろの 欲望捨てて 出家する 欲望消えた 彼はバラモン<639>

○少年少女のためのスッタニパータ<639>
・・・
欲を捨てるなんて
できるかな?
欲より大切なものが
見つかれば
できるとも。


第3 大きな章 9.ヴァーセッタ経 46.

○中村元先生訳
639
この世の欲望を断ち切り、
出家して遍歴し、
欲望の生活の尽きた人、
──かれをわたくしは<バラモン>と呼ぶ。


○正田大観先生訳
645.(639) 
彼が、この〔世において〕、諸々の欲望〔の対象〕を捨棄して、
家なき者として遍歴遊行するなら、
欲望〔の対象〕と〔迷いの〕生存が完全に滅尽した者であり、
わたしは、彼を『婆羅門』と説きます。(46)


○パーリ語原文
644.
ヨーダ   カーメー  パハントゥワーナ 
Yodha    kāme    pahantvāna,
この世で  欲を    捨てて

アナーガーロー  パリッバジェー
anāgāro       paribbaje;
家なき者として  遍歴する

カーマバワパリッキーナン
Kāmabhavaparikkhīṇaṃ,
欲の生存を 滅尽した

タマハン  ブルーミ  ブラーフマナン
tamahaṃ   brūmi   brāhmaṇaṃ .
彼を私は  呼ぶ   バラモンと



○一口メモ
今回の偈はダンマパダ415番と同じですが、因縁物語は次の通りです。

サーヴァティ町の大金持ちの息子スンダラサムッタ(美海)はブッダの説法を聞いて出家を決意し、反対する両親を説得してようやくサンガに入団できました。彼はサーヴァティから遠く離れたラージャガハに行き、そこで修行に励みました。両親は寂しさから、毎日泣いて過ごしていました。そこにある娼婦がやってきて、「息子が還俗して帰ってきたら全財産を譲る」という約束をしたのでした。娼婦はすぐにラージャガハに行き、スンダラサムッタ比丘が托鉢するルートに七階建の屋敷を借り、彼を待っていました。彼女は手練手管で、数日内に彼を七階まで引き込んで、女性が男性を誘惑する、戯れる、恥じらう、口づけをするなどの四十手を使い女性の媚態を見せ、言いよりました。その時、スンダラサムッタははっと我に返り、自分の置かれている状況に気づきました。

その頃、ブッダは神通力でスンダラサムッタに何が起こっているかを察知して、アーナンダ長老を呼び、「アーナンダよ、今スンダラサムッタは娼婦の誘惑と戦っている。しかし、最後は彼が勝利するだろう。」と語られ、「この世の欲望を捨て去って、出家して遊行する、欲のある生存が消えた人、彼を私はバラモンと呼ぶ」と説かれました。その説法でスンダラサムッタ比丘は阿羅漢果を得ると、すぐにブッダのおられる僧院に向かいました。

前回のこの偈の解説記事に書きましたが、「この世の欲望を捨て去って、出家して遊行する」ということが難しいのでしょう。スンダラサムッタ比丘の場合は、ブッダの説法を聞くという強烈なインパクトがあったから、出家を決意できたのでしょうが、今では、仏教をよく学び、理解することから始まるのでしょう。その後の娼婦の誘惑にも負けない意志は、初心を忘れないということが大切だと思います。
(この記事は2013年3月の解説を一部修正したものです。)


もろもろの 欲望捨てて 出家する 欲望消えた 彼はバラモン<639>



この偈の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年12月
http://76263383.at.webry.info/200812/article_23.html
2009年10月
http://76263383.at.webry.info/200910/article_28.html
2013年3月
http://76263383.at.webry.info/201303/article_14.html



○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎10月11日から10月17日まで熱海に瞑想合宿があり、ワンギーサ比丘はそれに参加しますが、ゴータミー精舎における朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催します。しかし、この期間の夜の自主瞑想会は行いませんので、御注意お願いします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

SRKWブッダ
2014年10月09日 11:07
出家と家出とは違う。出家は、その出自の家を他の家と区別しないが、家出はその出自の家に対して否定的にせよ結び付けられている。

欲望を捨て去るとは言っても、離欲を貪っているのでは捨てたことにはならない。欲望は、恣意的には──もちろん意図的にも──捨て去ることはできないからである。

「欲望」という言葉の意味が分からなくなるくらいに欲望を捨て去った人が、まさしく欲望を捨て去っているのである。

***
あすか
2014年10月09日 17:59
日々、欲望とのたたかい。
このたたかいに勝たないと…。
なんとかして勝ちたい。
これでは、勝ちたいという欲?

欲に勝ちたい気持ちに執着する
のではなく、
欲を手放す。
うーん、難しい。
noritarou
2014年10月09日 19:20
いまも、この瞬間に起きている、
対象と感覚器官の「触」という気付きに気付きつつ、「私」や「好悪を含む対象」と一体化しないで観察しているときに、煩悩から少しだけ離れられていると思いますが、その状態を長時間維持出来る、遊行されている方・出家されている方を尊敬します。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
こころざし
2016年08月22日 20:48
女性の魅力で迫られたら、以前の私ならイチコロでしょう。今の自分も、恐らく引っ張られると思います。
その事に気が付いて止める事が出来るか、思考が回って欲に突っ走るかはその時でないと分かりませんが、輪廻転生の流れを変えたいと思いますので、何とか止めれるように、影響を受けない域まで行ける様にしたいです。