法津(のりつ)如来 の独り言

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zoom RSS 瞑想後 夜が明けたらば 村に行け 招待・持参 喜ぶなかれ<710>

<<   作成日時 : 2014/12/17 04:12   >>

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○少年少女のためのスッタニパータ<710>
・・・
お布施された食べ物を
好きだ嫌いだと言ってはいけません。
喜んでもいけません。
修行のための身体を
維持するために食べるのです。


第3 大きな章 11.ナーラカ経 32.

○中村元先生訳
710
ついで夜が明けたならば、
村里のほとりに去るべきである。
(信徒から)招待を受けても、また村から食物をもらってきても、
決して喜んではならない。


○正田大観先生訳
716.(710) 
そののち、夜の明け方には、
村の外れへと〔歩を〕運ぶように。
〔村の者の〕招きを、さらには、村からの〔施物の〕提供を、
喜ばないように。(32)


○パーリ語原文
715.
タトー    ラトゥヤー   ウィワサネー
‘‘Tato    ratyā      vivasane,
それから  夜の      明け方に

ガーマンタマビハーライェー
gāmantam・abhihāraye;
村の隅に・向かうがよい

アワーナン   ナービナンデッヤ
Avhānaṃ     nābhinandeyya,
招きを      喜ばないように

アビハーランチャ    ガーマトー
Abhihārañ・ca       gāmato.
持参を・また       村からの


○一口メモ
この偈の最初の言葉Tatoには、「ついで、そののち、それから」等の訳がありますが、何の後なのでしょうか。昨日の偈で述べられていた、林の隅の木の下などで、出家者は夜更けまで、瞑想を楽しんで、その後ということです。その後、夜が明けてきたら、村に出かけて、托鉢をするように述べているのです。その際、良いものを多く頂ける家、そうではない家などえり好みせずに、一軒一軒どのような家のお布施でも満足して歩くのが「聖者の行」です。

またある時は、食事のお布施のために家に招待されることもあります。あるいは村から精舎(寺)や僧房に食事を持参されることもあります。しかし、そのような場合でも、それらを喜んで受けてはならないのです。12月14日の707偈の一口メモで書きましたように、出家者は修行をするために必要な身体を維持できる最低限の食事で満足すべきだからです。それ以上ものやそれを喜ぶことは欲を増長することになるからです。

この辺のことは世間の常識と少し異なるところがあります。食事の布施をされる方は、比丘たちに喜んでもらおうと思っていますから、比丘が「美味しかったよ。」などと言えば在家の方はよかったと安心するでしょうが、実はそれは比丘にとっては禁止です。比丘にとって在家者を喜ばせるような言葉は不純なものがあるからです。また食事を喜ぶことは、この世を厭うことに反するのです。

また、出家修行者はいつ寝るのか心配になる方もおられるかもしれませんが、解脱を求める修行者は寝る時間を惜しんで修行しなさいということです。実際には、昼食後仮眠される比丘方は多いのです。安心して下さい。


瞑想後 夜が明けたらば 村に行け 招待・持参 喜ぶなかれ<710>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


〜〜〜〜〜〜お知らせ〜〜〜〜〜〜

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090−2311−9317に御連絡下さい。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
眠っていない限り、
常に修行という事でしょうか。
出家はしていませんが、
在家なりに努力してみます。
あすか
2014/12/17 07:11
比丘の方々は、食べ物に好き・嫌いがあったら、生活しづらいですね。
りんご
2014/12/17 09:24
食事とどう向き合うか…は、ずーっと私の課題です。
空腹時に美味しそうな食べ物を前にして、欲を起こさずにいるなんて、難易度が高すぎます…。

でも最近、これでお腹いっぱい、となったら、残す勇気を持つようになりました。
食べ物を残してはいけません、と言われて育ったので、かなり抵抗感があるのですが。
次は、最初から食べきれる量しかお皿に取り分けない、といことができるようになるよう、努力してみます。
カエルくん
2014/12/17 20:55
有難い事に今の生活で食に困る事はありません。どちらかというと庶民の中でも贅沢な部類に入る方かと思います。幸いより贅沢なものを食べたいとは思いませんが、この今の食事状態の質が落ちた時にどのような精神状態になるかと思いますと、恐らく・・だと感じます。そのような食事で一喜一憂する事がないよに、何が大事かを思いながら、修行を進めて参りたいです。
こころざし
2016/09/15 08:14

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