いろいろな 修行の道が 明かされた 一本道だが 同じ道でない<714>

○少年少女のためのスッタニパータ<714>
・・・
日本からアメリカに行くには
いろいろな乗物を乗り継いでいきます。
そのように仏教の修行も
いろいろな修行が必要です。


第3 大きな章 11.ナーラカ経 36.

○中村元先生訳
714
道の人(ブッダ)は高く或いは低い
種々の道を説き明かしたもうた。
重ねて彼岸に至ることはないが、
一度で彼岸に至ることもない。


○正田大観先生訳
720.(714) 
まさに、高下諸々の〔実践の〕道が、
沙門(ブッダ)によって明示された。
彼岸に二度行くことはないが、
この〔道〕は、一度〔限り〕のものとは思われない。(36)


○パーリ語原文
719.
ウッチャーワチャー    ヒ    パティパダー
‘‘Uccāvacā          hi    paṭipadā,
高低様々な        実に   修行道が

サマネーナ    パカースィター
samaṇena     pakāsitā;
沙門によって   明らかにされた

ナ    パーラン    ディグナン   ヤンティ
Na    pāraṃ      diguṇaṃ     yanti,
ない  彼岸に     二度       行か(ない)

ナイダン     エカグナン   ムタン
na・y・idaṃ    ekaguṇaṃ    mutaṃ.
ない・これは  一度と      考えられ(ない)        


○一口メモ
いろいろな「聖者の行」をブッダによって説かれましたが、どれが高いものか低いものは分かりにくいと思います。

ここでブッダに説かれた「聖者の行」を簡単に復習しますと、
1、罵られても、敬礼されても、平然とした態度で臨め。
2.婦女は聖者を誘惑する。婦女をして彼を誘惑させるな
3.諸々の生きものに対して、敵対することもなく、愛着することもない。
4.欲望と貪りを捨てて、この世の地獄を超えよ。
5.腹を減らして、食べ物を節し、少欲であって、貪るなかれ。
6.托鉢が終われば、樹の根元で瞑想すべき。
7.樹の根元で瞑想し、満足すべき。
8.托鉢で食べ物をもらっても、喜んではならぬ。
9.托鉢で食べ物をもらえるような言葉を言うな。
10.食べ物をもらっても、もらえなくとも善かったと思うように。
11.もらった食べ物が少なくとも軽んじない。施者を侮らない。

だいたい以上ですが、どれが高いか低いかわかりません。ですからここの「高い低い」はいろいろあるということの表現でしょう。注釈書にはいろいろ説明してありますが、そのような区別をする必要なないと思います。

この偈の三行目「重ねて彼岸に至ることはないが」は、彼岸つまり涅槃に一度到達すれば、もう戻ることはないと言うことです。二度も三度も挑戦しなければならないということはないのです。為すべき修行は完成、完了だということです。

四行目「一度で彼岸に至ることもない」とは、涅槃に行くことを一度挑戦して、それで涅槃に行けるかと言えばそのようなことはないということです。例えば、八正道は涅槃に行くための道です。これは涅槃につながる一本の道ですが、八種類の道です。その道を一つずつ進まなければならないのです。それは八回挑戦しなければならないと言えるのです。そういう意味で「一度で彼岸に至ることもない」と述べられているのです。


いろいろな 修行の道が 明かされた 一本道だが 同じ道でない<714>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎12月29日(月)から1月4日(日)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサ比丘が熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2014年12月21日 07:21
たやすい道ではない。
あらかじめ聞いていれば
覚悟もできるというものです。

一度、到達さえしてしまえば。
この言葉を励みに、
今日も、焦らず、あきらめず。
SRKWブッダ
2014年12月21日 12:13
愚者は、枝葉末節を有り難がたがる。賢者は根幹を見極めようとする。しかしながら、功徳を積んだ人は適時に甘露の実を得るのである。

葉を千万億枚集めても、甘露の実を得ることはできない。幹の成長を千万年見守っても、甘露の実を得ることはできない。経典の真意をこころに知る人が、功徳を積んで、一瞬にこの甘露の実(=智慧)を得るのである。

***
りんご
2014年12月21日 14:08
一度到達したら、それで完了。
目指す価値はあると感じます。
カエルくん
2014年12月21日 20:41
未熟ながらも何度も挑戦を続けていくことで、知らず功徳が積まれていき、いつか彼岸に渡るための機が熟すのかな、そうだといいな、と思いながら読みました。
こころざし
2016年09月16日 19:50
「涅槃につながる一本の道ですが、八種類の道です・・」を拝見し、道にも色々な内容がある様子を感じました。精進の姿勢を持ってその修行の道を進み、心を成長させ、そして涅槃の世界に近づける様に努力したいです。