出家して 托鉢行を 願う者 聖者の境地 お尋ねします<700>

○少年少女のためのスッタニパータ<700>
・・・
出家して修行する人は
自分では働かず、
他人から食べ物をもらって
生活し、修行する。
何故かな?


第3 大きな章 11.ナーラカ経 22.

○中村元先生訳
700
わたくしは出家の身となり、
托鉢の行を実践しようと願っているのですが、
おたずねします。
聖者よ、聖者の境地、最上の境地を説いてください」。


○正田大観先生訳
706.(700) 
家なき〔身〕を具した者のために、
乞食の行を求め願っている者のために、
牟尼よ、〔問いを〕尋ねられた者として、
最上の境処たる牟尼の資質を、わたしに説いてください」〔と〕。(22)


○パーリ語原文
705.
アナガーリユペータッサ
‘‘Anagāriy‘upetassa,
家なき身を・具えて

ビッカーチャリアン    ジギーサトー
bhikkhācariyaṃ      jigīsato;
乞食行を         求めている者のために

ムニ    パブルーヒ    メー    プットー
Muni    pabrūhi       me     puṭṭho,
聖者よ  説いて下さい   私に   お尋ねします

モーネッヤン   ウッタマン    パダン
moneyyaṃ     uttamaṃ     padaṃ’’.
聖者たる      最上の      道を


○一口メモ
パーリ語の直訳「家なき身を具え」とは「出家して」という意味です。

「乞食の行を求め願っている者」とは、聖者たちが実践した「托鉢の行を実践しようと願っている者」ということです。「乞食」や「托鉢」とは、食べ物を他人からもらい、それを糧に生活し、修行することです。もらえる食べ物は多い時も、少ない時も、ある時はもらえない時もあるはずです。これは当時の修行者のあり方でした。

ナーラカは、お釈迦様に「自分は乞食行を求め願っているものですが、聖者たちが実践している最上の道とはどのようなものか、聖者たちの最上の道とはどのようなものか教えて下さい。」と頼むのです。


出家して 托鉢行を 願う者 聖者の境地 お尋ねします<700>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2014年12月07日 07:24
ナーラカさん、すでに
出家する覚悟だったのですね。
こころざし
2016年09月11日 07:28
お坊様が食べされる、お布施の食べ物ですが、もし悪意を持った方がそのようなものを入れたり、また悪意がなくても食材が不良だったりして、宜しくないものが出てくる可能性はあるように想像します。ですが、それらを受け入れて食べて下さる厚意は器の広さを感じます。功徳を積ませて頂ける機会を頂ける事、至福に感じます。