聖者とは 怒らず怖れず 自惚れず 悔いることなく 言葉を慎む<850>

○少年少女のためのスッタニパータ<850>
・・・
おこりんぼで、こわがり、
内弁慶で、泣き虫。
わがままで言って、
お母さんを困らせる。
こんな大人も最近多い。


第3 八つの詩句の章 10.死前経 3.

○毎田周一先生訳
850.
この静かな人は怒らず怖れず
自惚れず また悔いることなく
聡明に語って 思いをたかぶらせず 
そして言葉を慎しむ


○中村元先生訳
850
かの聖者は、怒らず、おののかず、
誇らず、あとで後悔するような悪い行いをなさず、
よく思慮して語り、そわそわすることなく、
ことばを慎しむ。


○正田大観先生訳
857.(850) 
忿激なく、畏怖なく、
誇らず、悔やまず、
明慧によって話し、
〔心が〕高ぶらない者
――彼は、まさに、言葉を制した牟尼(沈黙の聖者)です。(3)


○パーリ語原文
856.
アッコーダノー     アサンタースィー
‘‘Akkodhano      asantāsī,
怒らない        恐怖のない

アウィカティー   アクックチョー
avikatthī       akukkuco;
誇らない       後悔しない

マンタバーニー    アヌッダトー
Mantabhāṇī       anuddhato,
熟慮して語り      浮つかない

サ     ウェー    ワーチャーヤトー   ムニ
sa     ve       vācāyato         muni.
彼は   実に     言葉を慎む       聖者


○一口メモ
怒りとは、自分の情欲に対立することがある時起こります。しかし聖者は前回の偈で述べられているように愛欲(妄執、渇愛)から離れていますから、情欲がありません。そのため怒りが現れないのです。ですから聖者は怒らないのです。

恐怖とは、死ぬかもしれないという感情です。すべての生き物は何としても生きていたいという想いがありますから死ぬかもしれないという感情は恐怖なのです。しかし、聖者は渇愛がありませんから、何としても生きていたいという想いがありません。ですから恐怖がないのです。そのため聖者は怖れないのです。

自惚れとは、他人と自分を比較して自分の優位を誇ることです。しかし、比較するということをしない聖者は自惚れることはないのです。また、そもそも自分という想いのない聖者には誇る自己がないのです。ですから聖者は自惚れないのです。

悔いるとは、過去の行為について後悔することです。しかし、これも前回の偈で述べられていたように、聖者は過去について捉われていませんから後悔することがありません。

聡明に語って(よく思慮して語り、明慧によって話し)とは、事実を語ること、自分の主観をまじえずに語ることです。その際慈しみの心で語ることです。自分の話しで他の人を傷つけることがないように配慮することです。

思いをたかぶらせず(そわそわすることなく、〔心が〕高ぶらない)とは、興奮せずに、落ち着いていることです。

言葉を慎しむ(言葉を制し)とは、言葉に関する悪行為(妄語、両舌、悪口、無用語)をしないことです。


聖者とは 怒らず怖れず 自惚れず 悔いることなく 言葉を慎む<850>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

○ライターの森竹ひろこさんのブログ「コマメディアー史上最弱の仏弟子コマメー」で「[報告]正田正観先生の現代語訳「小部経典」が発売!記念祝賀会の報告」という記事が掲載されています。
http://blog.goo.ne.jp/komamenet/e/488d72d3512f675ea970219bdcaac28a
その中でこのブログで引用させて頂いている正田先生の御姿や私(ワンギーサ)の写真も掲載されています。是非上記ブログを訪問して下さい。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。


この記事へのコメント

2015年04月11日 05:25
正田先生、おめでとうございます!

お写真拝見させて頂きました。スピーチされてますね。

ところで、「お前の言ってることは支離滅裂だったぞ」、、、あるスピーチをした後に指摘されたことがあります。

それは興奮して頭がパニック状態だったからです。

怒りにまかせての発言、高慢な発言は、暴言や失言に繋がります。たった一言で人生狂うのはよくある話です。

一方、恐怖感がある場合、言うべきことを言わない結果になります。

悪感情に汚染されると伝わることも伝わりません。
りんご
2015年04月11日 05:38
聖者としてのポイントが幾つかのっていますね。
個人的には、仕事上での妄語(嘘)に気をつけたいと感じています。
「嘘ぐらいつかないと仕事にならない」・「嘘も方便」・「ついて良い嘘もある 」など色々な考えがあるとは思います。ただ、自分なりに嘘をつかない努力・工夫をしていきたいと思いました。
kempsford
2015年04月11日 06:05
おはようございます。
「『生きていきたいという生存欲『と、『死にたくないという恐怖感』、この二つが煩悩の根源である」と、繰り返し説いて下さっているその教えの大切さが、今回の偈文で確認できました。ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年04月13日 07:35
私事を恐縮です、職場で自分本位の方に困る時があるのですが、本文を拝見し下記を思いました。
そのような事をしないように戒めて参りたいです。
・自分の思い通りにならないと怒りだします。
・自分の意見が通らないと不安(定)になります
・自分は凄い・他とは違うとの自惚れがあります
・自分の話しが他の人を傷つけないかを配慮できません
・自分が持ち上げて貰えないと落ち着かなくなります
・人のミス等は一大ニュースにします
身の丈修行者
2015年04月13日 07:43
正田先生の記事拝見致しました。ワンギーサ長老らもいらして華やかな印象を感じました。
コツコツと長く実践されている正田先生・ワンギーサ長老、素晴らしいなと思います・尊敬致します、サードゥ・サードゥ・サードゥ
今後も学ばせて頂きます。
こころざし
2016年10月25日 22:10
私事ですが、妻との(現時点での)最後の喧嘩の時「私に期待し過ぎだ」と言われました。本文・少年少女の・・の、わがまま言って・・困らせる、の言葉が、自分に当てはまったような気持ちになり、その甘え的な期待を捨てる事に決め+言葉に気を付ける様にしました。そうしたら妻とやり合う事がない状態がずっと続き、妻が「あれ何か変わったぞ」との表情をする事があります。自分の子供の部分の自分を成長させ、大人の生き方が出来る様になりたいです。