他の人を 愚かな人と 言うことで 自分を認め 他を蔑視する<888>

○少年少女のためのスッタニパータ<888>
・・・
真理を語る人は
少なくとも、
高慢な人ではなく、
他人を軽蔑しないだろう。


第4 八つの詩句の章 12.小集積経 11.

○毎田周一先生訳
888.
他人を『愚か者』と見るのだから
自分自身を『正しい』というのである
つまり自分を正しいと認めるから
他人を軽蔑して そういうことをいうのである


○中村元先生訳
888
反対者を(愚者)であると見なすとともに、
自己を<真理に達した人>であるという。
かれはみずから自分を<真理に達した人>であると称しながら、
他人を蔑視し、そのように語る。


○正田大観先生訳
895.(888)
まさしく、すなわち、他者を『愚者である』と決め付けることで、
それによって、しかして、自己を『智者である』と言います。
自ら、自己によって、〔自らについて〕『智者である』〔と〕説きながら、
彼は、〔一方的に〕他者を軽侮し、まさしく、それ(自説)を、〔独善的に〕説きます。(11)


○パーリ語原文
894.(888)
イェーネーワ    バーローティ    パラン    ダハーティ
Yeneva        bāloti         paraṃ     dahāti,
だから        愚か者と      他人を    決めつける

テーナートゥマーナン    クサローティ   チャーハ
tenātumānaṃ         kusaloti       cāha;
それ故に自分が       賢人と       また言う

サヤマッタナー   ソー    クサロー    ワダーノー
Sayamattanā     so      kusalo     vadāno,
自ら自分が     彼は    賢者      言いながら


アンニャン   ウィマーネーティ   タデーワ    パーワ
aññaṃ      vimāneti         tadeva     pāva.
他人を     軽蔑する        そのように  語った


○一口メモ
今回の偈も昨日の偈に続き、他人(反対者)を愚か者と見なすことで、自分を正しい(真理に達した人)と言っているのです。そして他人を軽蔑(蔑視)しているのです。そのような人は世間の常識的な見方でも、人格者の態度ではないし、真理を語れる人ではないと思います。


他の人を 愚かな人と 言うことで 自分を認め 他を蔑視する<888>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

2015年05月19日 04:24
鳩の集団が餌の奪い合いで喧嘩しているのを見たことがあります。

結果は餌の独り占めに明け暮れ、結局どの鳩も餌にありつけませんでした。

物質である餌は一切反撃しません。争いません。鳩同士が争うのは「心」という働きのある生命体だからです。

人間の場合、たとえ衣食住に困らなくとも、「心」が満たされないと争いやトラブルが生じたりします。

論争して反対者を悪く言う(悪く思う)のも「心」が原因だと思います。
kempsford
2015年05月19日 04:55
おはようございます。
「そのような人は世間の常識的な見方でも、人格者の態度ではないし、真理を語れる人ではないと思います。」
先生のこのお言葉、肝に銘じます。
御指導ありがとうございました。

身の丈修行者
2015年05月19日 06:14
おはようございます。
真理を知っているんだぞ!との自慢のようなものを持っている方は、相手を見下すような言動をするように思います。
そこには平等・・との見方がないように感じます。
人格者と言われるような、慈悲喜捨の実践が出来る生き方を実践して参りたいです。
こころざし
2016年11月07日 20:52
日常で、あいつは自分より劣っているみたいな差別的な認識をする方は、もうその人の事を認める事はない様に思う経験があります。それはある意味では、その人を味方につける事を自分から放棄したような状態になるかと思います。そのような他人を軽蔑し偏見を持つような事がないように戒めたいです。