質問に すべて答えて 頂いた 他に清浄の 境地はあるか<875>

○少年少女のためのスッタニパータ<875>
・・・
難し問題の答えを聞いたら、
その答えも難しかった。
どうしたらいいのだろう。


第3 八つの詩句の章 11.争いと論争の経 14.

○毎田周一先生訳
875.
「お尋ねしたことを 本当に明らかにお教え下さったので
更に付け加えてお尋ねしますが どうかそれも教えて下さい――
ある賢い人達は この世ではここまでが
人としての最高の清らかさであるといいますが
それともそれ以外のことを説く人もあるのでしょうか


○中村元先生訳
875
「われらがあなたにおたずねしたことを、あなたはわれわれに説き明かしてくださいました。
われらは別のことをあなたにおたずねしましょう。どうか、それを説いてください。
──この世における或る賢者たちは、『この状態だけが、霊(たましい)の最上の清浄の境地である』とわれらに語ります。
しかしまた、それよりも以上に、『他の(清浄の境地)がある』と説く人々もいるのでしようか?」


○正田大観先生訳
882.(875)
〔対話者が尋ねた〕
「〔まさに〕その、〔わたしたちが〕あなたに尋ねたことですが、〔あなたは〕わたしたちに述べ伝えてくれました。
〔今度は、それとは〕他のものを、あなたに尋ねます。どうか、それを説いてください。
まさに、或る者たちは、いったい、これ(形態の非有)だけで、精神の至高の清浄を説くのですか
――ここに、〔自らを〕賢者たちとして。あるいは、また、これ(形態の非有)とは他のものを説くのですか」〔と〕。(14)


○パーリ語原文
881.(875)
ヤン      タン       アプッチンハ    アキッタイー    ノー
‘‘Yaṃ     taṃ        apucchimha    akittayī        no,
ことを     彼(あなた)に  問うた       説明した       我々が

アンニャン    タン    プチャーマ    タディンガ   ブルーヒ
Aññaṃ      taṃ     pucchāma    tadiṅgha     brūhi;
別の       それを   尋ねます    それをどうか  説いて下さい

エッターワタッガン    ヌ    ワダンティ    ヘーケー
Ettāvataggaṃ       nu    vadanti      heke,
これだけで・最高の   一体  説く        実に・ある者は

ヤッカッサ    スッディン    イダ    パンディターセー
Yakkhassa    suddhiṃ     idha    paṇḍitāse;
精神の      清浄を      ここで   賢者達は

ウダーフ    アンニャンピ   ワダンティ    エットー
Udāhu      aññampi      vadanti      etto.
或は・言う   別のものも    説く(か?)    この他に



○一口メモ
この経における質問者は、ブッダに次から次へと質問し、仏教の核心になる解答を聞きだすことが出来ました。その解答は凡夫では理解が出来ない難しいものだと思います。しかし、この質問者は、理解したようです。これは大変素晴らしいことです。これは前々回の873偈の述べられたように、彼には発心が確立していたからだと思います。

前回の874偈については、まだ説明してない一番大切なポイントがあるのですが、それについて一言だけ触れておきます。前回、ブッダの解答は一種の公案のようだと述べました。この公案を解くには智慧が必要です。ではその智慧はどのようにして現れるのでしょうか。それは一大事の因縁によって現れると言われています。そのことについて、ときどき話題にするSRKWブッダという方は「この因縁は真のやさしさを追及して、情欲を乗り越えて、功徳を積むことで現れる。」と述べておられます。なるほどとは思いますが、874偈については語り尽きませんので、ここで止めます。

さて、この経の質問者は、大切な質問は終わったのですが、最後にもう一つ質問を付け加えました。それが今回の質問です。


質問に すべて答えて 頂いた 他に清浄の 境地はあるか<875>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎特別連絡:4月29日(水)から5月6日(水)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。尚、朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

2015年05月06日 04:24
それは「私という思い」への執着は無くなっても、他の生命への「慈悲喜捨の思い」だけは無くさない。そしてそれが本物になる。ということでしょう。

慈悲と智慧、、、仏教は捨てる道と言われてますが、育てるべきものがありますね。
kempsford
2015年05月06日 18:56
こんばんは。
難解な偈文を、私たちのために解説して頂きありがとうござます。ただ正直に申し上げて、私にはまだ理解できていません。「ここまでが(毎田先生)」「この状態だけ(中村先生)」「これ(形態の非有)だけ(正田先生)」という、三先生方の訳に助けて求めながら、これから再度チャレンジ致します。出来の悪い生徒ですみません。
本日もご指導ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年05月07日 07:37
ワンギーサ長老本文・解説、SRKWブッダ様の「この因縁は真のやさしさを追及して、情欲を乗り越えて、功徳を積むことで現れる。」ですが、慈しみの実践をして実況中継冥想をして善行為をすると現れる、という解釈で良いのかなと思いました。
心が明るく・透明になりそうですね。業や輪廻先から、さらには解脱に繋がって行くのかな・・とも感じました。
こころざし
2016年11月02日 07:24
功徳を積むという行為がないと、分からない・到達できない域があるのろうと感じています。お布施や作務他行動で等、功徳を積む機会は気をつければ得られる事と思っています。金額的なものは経済状態から身の丈になる状況はありますが、功徳の機会を生かせるように注意して参りたいです。