法津(のりつ)如来 の独り言

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zoom RSS 食べ物や 衣を得たら 満足し ののしられても 反発しない<971>

<<   作成日時 : 2015/08/09 03:52   >>

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○少年少女のためのスッタニパータ<971>
・・・
乞食(こつじき)と乞食(こじき)は違う。
「こつじき」は誇り高き生き方であるが、
「こじき」は惨めな生き方である。


第4 八つの詩句の章 16.サーリプッタ経 17.

○毎田周一先生訳
971.
ほどよい時に食物と衣服とを得られたら
それに充分に満足し その量に足ることを知って
それに向かう心を引締め 慎み深く村を行き
辱められても荒々しく言葉を返してはならない


○中村元先生訳
971
適当な時に食物と衣服とを得て、
ここで(少量に)満足するために、(衣食の)量を知れ。
かれは衣食に関して恣ままならず、慎しんで村を歩み、
罵られてもあらあらしいことばを発してはならない。


○正田大観先生訳
978.(971)
しかして、食べ物を、さらには、衣を、〔正しい〕時に得て、
彼は、量を知るように――この〔世における〕満足を義(目的)として。
彼は、それら(衣食)にたいし〔自己を〕守り、村においては〔自己を〕制して歩み、
たとえ、〔村人の言葉に〕悩まされたとして、粗暴な言葉を説かないように。(17)


○パーリ語原文
977.
アンナンチャ   ラッダー   ワサナンチャ   カーレー
‘‘Annañca     laddhā     vasanañca     kāle,
食物と       得て     衣服を・また    時に


マッタン    ソー    ジャンニャー   イダ    トサナッタン
mattaṃ     so      jaññā        idha    tosanatthaṃ;
量を      彼は    知るべき     ここで   満足するために

ソー   テース        グットー     ヤタチャーリ    ガーメー
So     tesu         gutto       yatacāri       gāme,
彼は   それらにおいて  (自己を)守り  抑制して行く    村において

ルスィトーピ   ワーチャン    パルサン    ナ   ワッジャー
rusitopi       vācaṃ       pharusaṃ    na    vajjā.
罵られても    言葉を       粗暴な     ない  話すべきで


○一口メモ
比丘は托鉢によって、生活の糧を得ます。それを乞食(こつじき)と言います。労働はしないのです。労働とは生活の糧は得るために、体力を使って働くことですが、比丘はそれをしないのです。何故ならばそれは世間の生き方だからです。比丘は世間の生き方から離れるために、労働をしないで乞食をします。

乞食では、適宜必要な時に、必要は量の食べ物を得たらそれで満足をしなければいけません。必要な量とは、空腹の苦しみをなくし、満腹の苦しみにならない量です。比丘はその量を知って、求め過ぎてはいけません。

乞食(こつじき)は「こじき」とも読みます。「こじき」は世間では普通尊敬される行為ではありません。それは働かないで生活の糧を得る方法だからです。それを世間では怠け者と見なすからです。「こつじき」と「こじき」は外からみれば同じように見えます。そのため、世間の人々から、侮辱的な言葉を投げかけられる時もあります。しかし、比丘はそれに対して粗暴な言葉を返してはならないのです。何故なら比丘は覚悟して、世間から離れる生き方をしているのだからです。

比丘が世間から離れた生き方をするのは、世間の生き方は欲に基づく生き方だからです。欲から離れた生き方は解脱するためです。解脱は一切の苦しみから離れた平安な涅槃に到るためです。


食べ物や 衣を得たら 満足し ののしられても 反発しない<971>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


〜〜〜〜〜〜お知らせ〜〜〜〜〜〜

◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090−2311−9317に御連絡下さい。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
@「必要な量とは、空腹の苦しみをなくし、満腹の苦しみにならない量です」。私にとっては、常に守るべき、一番必要な教えです。日々、自戒致します。
A「 何故なら比丘は覚悟して、世間から離れる生き方をしているのだからです」。やはり不可欠なのは「覚悟」です。これがなければ粗暴な言葉を発します。十悪を犯します。地獄に生まれます。そのことを重々「覚悟」して自戒致します。
本日も、御指導ありがとうございました。
kempsford
2015/08/09 04:08
乞食が「こつじき」や「こじき」と読みが違う事を興味深く感じました。勝手な想像ですが、外見的には似ていても、心のありようの違いを表しているのかな、と感じました。
日常で、美味しいものをもっと食べたいと思う事があります。ですが、必要な量で満足と言える・・の実践が出来る度合いを増やせるように努めたいです。
ワンギーサ長老・皆様の、昼からも素晴らしい一日となりますように。
こころざし
2015/08/09 13:04
お坊様が功徳の機会を作って下さっています事、大変有難く感じています。托鉢にいらっしゃるような地域文化はないですが、先日地元駅まで太鼓を叩いてお布施を・・とされている?お坊様を見ました、どうなのか?と思って通過してしまいましたが、尊敬出来るお坊様にお布施させて頂く事、是非続けて参りたいです。
こころざし
2016/12/04 22:56

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