智慧により いかなる場合に 名色は 消滅するのか 説いて下さい<1036>

○少年少女のためのスッタニパータ<1036>
・・・
智慧により解脱するとは
どのようなことですか?
名称と形態が消滅すると
解脱するのですか?


第5 彼岸に到る道の章 2.アジタ経(アジタ学生の問い)5.

○中村元先生訳
1036
アジタさんがいった、
「わが友よ。智慧と気をつけることと
名称と形態とは、いかなる場合に消滅するのですか? 
おたずねしますが、このことをわたしに説いてください。」


○正田大観先生訳
1043.(1036) 
かくのごとく、尊者アジタが〔尋ねた〕
「まさしく、しかして、知慧が〔諸々の欲望の流れの統御となり〕、さらには、気づきが〔諸々の欲望の流れの防護となる〕、というのなら、
では、敬愛なる方よ、名前と形態(名色:現象世界)を、
これを、〔問いを〕尋ねられた者として、わたしに説いてください。
どこにおいて、この〔名前と形態〕は止滅するのですか」〔と〕。(5)


○パーリ語原文
1042.
パンニャー    チェーワ     サティ    ヤンチャ
‘‘Paññā      ceva        sati      yañca,
智慧が      そして・まさに  気づきが  そして・そうであるなら

イッチャーヤスマー   アジトー
(iccāyasmā         ajito)
と・尊者          アジタは(言った)

ナーマルーパンチャ  マーリサ
Nāmarūpañca       mārisa;
名称と形態        尊師よ

エータン   メー    プットー     パブルーヒ
Etaṃ      me     puṭṭho       pabrūhi,
これを     私に   尋ねますので   説いて下さい

カッテータン    ウパルッジャティ
katthetaṃ      uparujjhati’’.
何処でこれは   消滅するか


○一口メモ
中村先生の訳は決してパーリ語からの誤訳ではないのですが、そのまま読みますと、アジタ学生はなせこのような質問をしたのか分かりません。なぜならば、智慧と気づきと名称と形態がすべて一緒に消滅するように解されます。特に何故智慧と気づきも消滅することを問う必要があるのかと思います。

その点正田先生の訳であるならば、「智慧と気づき」と「名前と形態」を別のグループとして、消滅(止滅)するものは、「名前と形態」であることが解ります。つまりアジタ学生はブッダに「どこにおいて、この〔名前と形態〕は止滅するのですか」と尋ねたことがわかります。

アジタ学生のこの質問は彼の深い洞察による結果なのです。彼は彼岸(涅槃)に到ることを考えていました。そのため前の質問でブッダに智慧によって解脱することを教えられましたので、それは名称と形態の消滅だと理解したのです。ですから、どこで(いかなる場合に)消滅するか尋ねたのです。そうでなければ、何故アジタ学生が名称と形態の消滅について尋ねたかわかりません。

ここで「名称と形態」について、少し考えておきましょう。中村先生訳「ブッダのことば(スッタニパータ)」の注(岩波文庫416ページ)には「名称と形態。この両者が現実の世界においては個人存在を構成している、と考えられていたことが、よく解る。」と書いてあります。それを踏まえて考えると、個人存在と言っても、それは個人の肉体ではなく、この場合問題にしている個人存在は自我意識なのです。自我意識の消滅が解脱です。自我意識は非常に根強いものがあり、簡単には消滅しないのです。ですから簡単には解脱出来ないということがあるのです。この自意識は顕在意識にも潜在意識にも存在しているのです。解脱において消滅されるべき自我意識は顕在意識のみならず、潜在意識における自我意識をも含むのです。

名称と形態の消滅という場合の名称と形態の意味は、名称は浅い部分の潜在意識です。形態は深い部分の潜在意識です。浅いとは観念的な潜在意識であり、深いとは肉体に結びついている潜在意識であると考えられます。観念的な潜在意識より、肉体に結びついた潜在意識は消滅しにくいから、浅いと深いに区別されるのです。このように考えることは、明日明らかにされるブッダの解答を深く理解するために必要なことなのです。

ちなみに、このブログに時々コメントされているSRKWブッダさんは中村先生の訳を次のように書き換えています。参考にして下さい。
1036
アジタさんがいった、
「わが友よ。 智慧と気をつけることとによって、
名称と形態はいかなる場合に消滅するのですか? 
おたずねしますが、このことをわたしに説いてください。」


智慧により いかなる場合に 名色は 消滅するのか 説いて下さい<1036>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎9月18日(金)から9月23日(水)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。尚、朝5時から7時の自主瞑想回は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

こころざし
2015年09月18日 07:18
おはようございます。
アジタ様が、智慧によって解脱・・名称と形態の消滅だと理解された事、凄いなと思いました。
本文を拝見しても私では、名称と形態について言葉的な域しか分かりません。冥想の実践をしていきたいです。
私事ですが、本日より兵庫に修行に行って参ります。
ワンギーサ長老・皆様も素晴らしい一日となりますように。
kempsford
2015年09月18日 07:25
おはようございます。
アジタさんの質問は、「名称と形態とは消滅する」ということを、既にアジタさんご自身が体得なさっていた、ということが前提となっています。これは因果法則の真髄に関することです。ということは、アジタさんは、既にそこまで真理に肉迫されていた、ということになります。一方、アジタさんは、お釈迦様の弟子ではありませんでした。バーヴァリーさんのお弟子さんでした。すると、バーヴァリーさんも、同じく因果法則の真髄に肉迫されていたことになります。そういったことに思いを巡らすと、当時の仙人や修行者の方々の智慧は、凄いな、と思います。それに対して、今の宗教界を見渡すと、真理から遠く離れた教えが世界を牛耳る勢力を誇っています。また同じ仏教でさえ、日本国内で広まっている宗派の教えは、お釈迦様が教えて下さっている真理とは、かけ離れています。こういった現代と比べると、お釈迦様の時代に修業した方々がいかに真摯に「生きること」に向き合っておられたかが、ひしひしと感じられます。当時の修行者の方々に敬意を表したくなります。
また今回の先生の御考察である「個人存在は自我意識」・「自意識は顕在意識にも潜在意識にも存在している」・「名称は浅い部分の潜在意識 / 形態は深い部分の潜在意識」といった3点は、初めて知る内容でしたので、とても新鮮に感じました。先生の教えを消化できるよう、今後さらに精読させて頂きます。
御指導ありがとうございました。
こころざし
2016年12月17日 07:33
自分を観察しますと、自我意識がない状況にはなっていません。例外は、冥想中に感じた、の状態で止まっていると、自我に繋がらない印象を受ける時です。
「自我意識の消滅が解脱です」の本文の意味が本当に分かる様に、冥想実践をして参りたいです。