欲望に 執着せずに 落ち着いて よく気をつけて 遍歴するように<1039>

○少年少女のためのスッタニパータ<1039>
・・・
多くの失敗が
多くのことを教えてくれます。
よく気をつけて
多くの経験をつむように。


第5 彼岸に到る道の章 2.アジタ経(アジタ学生の問い)8.

○中村元先生訳
1039
「修行者は諸々の欲望に耽ってはならない。
こころが混濁していてはならない。
一切の事物の真相に熟達し、
よく気をつけて遍歴せよ。」


○正田大観先生訳
1046.(1039) 
〔世尊は答えた〕
「諸々の欲望〔の対象〕について貪り求めないように。
意に濁りなき者として存するように。
一切諸法(現象世界)に巧みな智ある者として、
〔常に〕気づきある比丘として、遍歴遊行するように」〔と〕。ということで――(8)


○パーリ語原文
1045.
カーメース     ナービギッジェッヤ
‘‘Kāmesu      nābhigijjheyya,
欲望において   貪求しないように

マナサーナーウィロー  スィヤー
manasānāvilo        siyā;
心から濁りがなく     あるように

クサロー    サッバダンマーナン
Kusalo      sabbadhammānaṃ,
熟達して     一切諸法に

サトー    ビック     パリッバジェーティ
sato      bhikkhu    paribbaje’’ti.
心して    比丘は    遍歴するように・と


○一口メモ
昨日の偈で、アジタ学生はブッダに、修行者を無学、有学、凡夫に分けて、「彼らの振る舞い(正しい行為のあり方)を、わたしに説いてください」と頼みました。しかし、ブッダは修行者を分けずに、すべて修行者に対する正しい行為のあり方を説かれたように思います。

ブッダの解答は、先ず「諸々の欲望において、その欲望に執着しないように」ということでした。具体的には、お腹がすいたとき、ご飯を食べたいという欲望が起きました。それはあまり問題ではないのです。その時ご飯がなくてパンがありました。しかし、自分はご飯を食べたいのだ。パンでは嫌だとご飯に執着することは問題だということです。その時、ご飯がないことに苦しみになり、ご飯がないことに怒りが現れるからです。パンで満足できれば、空腹がなくなり、幸せな気持ちになれるのです。

次は「意に濁りなき者として存するように。」これは心に、わだかまりや、恨みや、敵意などをなくすことです。これらの思いが心にあると、心はいつも、ざわついていて、落ち着きません。そうすると、心は汚れ、正しく判断することが出来なくなり、何事も失敗してしまうのです。ですから、心は濁りのない、澄んだ心にすべきなのです。

次は「一切の事物の真相に熟達し(一切諸法(現象世界)に巧みな智ある者として)」ですが、これはなかなか難しいことですが、これを目指して修行すべきだと理解すればよいと思います。

最後は「よく気をつけて遍歴せよ(〔常に〕気づきある比丘として、遍歴遊行するように)」ですが、これもなかなか難しいと思います。よく気をつけて(気づきある比丘として)、サティ(念)を絶やさずに、ということですが、これはアジタ学生の始めの質問にたどりつきます。思い出して下さい。さらに、ここでは「遍歴せよ。」となっています。現代社会の在家の修行者にとっては、これをどのように受け止めるべきか考えるところです。私(ワンギーサ)は、各自が解脱に向けて、課題を見つけて、いろいろ挑戦してみることかなと考えています。

スッタニパータ第2小さな章の第13番目に「正しい遍歴経」がありますから、それも参照して下さい。「正しい遍歴経」は次の偈から始まります。
家を出て 欲望捨てた 修行者は いかに遍歴 すべきだろうか<359>
http://76263383.at.webry.info/201402/article_15.html


欲望に 執着せずに 落ち着いて よく気をつけて 遍歴するように<1039>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎9月18日(金)から9月23日(水)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。尚、朝5時から7時の自主瞑想回は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

kempsford
2015年09月21日 04:05
おはようございます。
ブッダの御答えは厳しいものでした。「①欲望耽溺不可・②心中混濁不可・③真相熟達・④正念正知日常堅持」。その内容がどれほど厳しいものであっても、真理は真理です。どうすることもできません。私がやるべきことはただ一つ、[
励む]」のみです。本日の偈で戒められた四項目については、日々想起し、生活のなかで実践すべきものと受け取りました。
また、「意に濁りなき者として存するように」と「遍歴せよ」については、ワンギーサ先生の丁寧な説明をうかがうことによって、今までもよりも、その意味をより深く理解することができました。御指導ありがとうございました。
こころざし
2015年09月22日 20:13
本文の「各自が解脱に向けて、課題を見つけて、いろいろ挑戦してみる・・」を拝見し自分なりに考えました。幸運な事に3日間の実践の機会をこの度頂戴致しました。
昨夜戻った日常の中で、学んだ事が生かせないのであれば、僕の成長は望めないと思います。怒らず・時間を大事にして・自分を見つめる実践を行っていきたいです。
エル
2015年09月25日 22:20
お釈迦様は「遍歴」が当時の社会慣習だったから、踏襲されただけなのでしょうか?それとも数ある方法の中から「遍歴」を積極的に選択されたのでしょうか?
こころざし
2016年12月18日 19:36
日々何かしらの失敗をして反省しています。最近自分の中で以前と違うと思いますのは、その失敗をスローモーション的に自分の心を観て、そしてどの様に変わってそうなったのかを知ろうとし、それを反省に生かしています。
失敗を繰り返しても、それが成長に繋がる様な流れを得ていきたいです。