世尊様 あなたの言葉を 頂きたい 自己の涅槃は いかなるものか<1061>

○少年少女のためのスッタニパータ<1061>
・・・
ニルヴァーナ(安らぎ)とは、
いかなるものなのでしょうか?
安らぎを学びつつあることでしょうか?
お釈迦さまのお話を聞きたいのです。


第5 彼岸に到る道の章 6.ドータカ経(ドータカ学生の問い)1.

○中村元先生訳
1061
ドーカンさんがたずねた、
「先生! わたくしはあなたにおたずねします。このことをわたくしに説いてください。
偉大な仙人さま。わたくしはあなたのおことばを頂きたいのです。
あなたのお声を聞いて、
自分の安らぎ(ニルヴァーナ)を学びましょう。」


○正田大観先生訳
1068.(1061) 
かくのごとく、尊者ドータカが〔尋ねた〕
「世尊よ、〔わたしは〕あなたに尋ねます。それを、わたしに説いてください。
偉大なる聖賢よ、〔わたしは〕あなたの言葉を待ち望みます。
あなたの話を聞いて、
自己の涅槃を学ぶのです」〔と〕。(1)


○パーリ語原文
1067.
プッチャーミ     タン    バガワー    ブルーヒ    メー    タン
‘‘Pucchāmi      taṃ     bhagavā     brūhi      me     taṃ,
尋ねます       あなたに  世尊よ    説いて下さい  私に    それを

イッチャーヤスマー   ドータコー
(iccāyasmā         dhotako)
と・尊者          ドータカは(言った)

ワーチャービカンカーミ    マヘースィ    トゥイハン
Vācābhikaṅkhāmi        mahesi      tuyhaṃ;
言葉を期待します       大仙人よ    あなたの

タワ      ストゥワーナ   ニッゴーサン
Tava      sutvāna      nigghosaṃ,
あなたの   聞いて      声を

スィッケー    ニッバーナマッタノー
sikkhe       nibbānamattano’’.
学びたい     自分の涅槃を


○一口メモ
今日から「ドータカ経(ドータカ学生の問い)」が始まります。この経は八偈から成っています。ドータカ学生の問いは疑問文の形で述べられていませんから、不明確ですが、「あなたのお声を聞いて、自分の安らぎ(ニルヴァーナ=涅槃)を学びましょう。」と述べていますから、自分の安らぎ(自分の涅槃)について教えて下さいと言うことだと思います。しかし、こう理解していいかどうかは解りません。

と言いますのは、「自分の安らぎ(ニルヴァーナ)を学びましょう。」という文章に関して、中村先生の「ブッダのことば」(岩波文庫)の注に次のように書いてあります。

(以下引用)この文章をみるかぎり、安らぎを実現するために学ぶことがニルヴァーナであり、ニルヴァーナとは学びつつ(実践しつつ)あることにほかならない。ブッダゴーサの注によると、「貪欲などをなくすために(ニルヴァーナのために)戒などを実践するのだと言い、ニルヴァーナを目的とみなし、戒などの実践を手段と見なしている。後代の教義はみなこういう見解をとっている。しかしこういう見解によるならば、人間はいつになっても、戒律の完全な実践は不可能であるから、ニルヴァーナはついに実践されないであろう。この詩の原文によって見るかぎり、学び実践することがが、ニルヴァーナであると漠然と考えていたのである、と解することができよう。(以上引用)

私は「自分の涅槃」の「自分の」は何を意味しているかよく分からなかったのですが、「自分の安らぎ」とか「自分の貪欲をなくすため」という意味ならば、少し分かります。しかし、中村先生の注のように、すなわち「ドータカ学生がニルヴァーナとは学びつつ(実践しつつ)あること」と考えていたのならば、この後のブッダの偈(言葉)で修正されることになると思います。もちろん、ドータカ学生はそれを期待していたのだと思います。


世尊様 あなたの言葉を 頂きたい 自己の涅槃は いかなるものか<1061>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

こころざし
2015年10月13日 08:54
おはようございます。
涅槃を目指したいという言葉を使う時が自身ありますが、今の自分と思うと的外れな状況があるように感じています。
志を持って少しでも実践しようとする気持ちはありますが、本文の「ニルヴァーナとは学びつつ(実践しつつ)あること」を拝見してハッとしました。私の心的に考えますと、実践する事がとても安らぎに繋がっているからです。
どんどん実践して、そして涅槃という言葉がいつか的外れにならないような状況になったらいいなと思います。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
シンプルなネズミ
2015年10月13日 19:48
涅槃を体験することで理解できることは通常の知識とは説得力が違うのでしょうね。
私が理解できているのは、せいぜい天国の苦しさ、宇宙と一つになることも究極の答えとはなり得ない破綻必至のものとする自分の本音…。

体験とも非体験とも言えない体験が涅槃なのかもしれませんね。
いずれにしても、涅槃に向かう道のりこそが私にとっての明快な倫理的な道かと思います。

幸せでありますように。