激流を 渡れないから 依り所を 教えて下さい 眼のある方よ<1069>

○少年少女のためのスッタニパータ<1069>
・・・
目標を達成するためには、
他人に協力を求めることも必要です。


第5 彼岸に到る道の章 7.ウパシーヴァ経(ウパシーヴァ学生の問い)1.

○中村元先生訳
1069
ウバシーヴァさんがたずねた、
「シャカ族の方よ。わたしは、独りで他のものにたよることなくして
大きな煩悩の激流をわたることはできません。
わたしがたよってこの激流をわたり得る
<よりどころ>をお説きください。あまねく見る方よ。」


○正田大観先生訳
1076.(1069) 
かくのごとく、尊者ウパシーヴァが〔尋ねた〕
「サッカ(釈迦)〔族〕の方(ブッダ)よ、わたしは、独りで、大いなる激流を、
依存なく、〔独力で〕超えることができません。
一切に眼ある方よ、〔依存の〕対象(所縁)を説いてください。
それに依存し、この激流を超えるであろう〔依存の対象を〕」〔と〕。(1)


○パーリ語原文
1075.
エーコー    アハン    サッカ    マハンタモーガン
‘‘Eko       ahaṃ     sakka     mahantamoghaṃ,
一人      私は     釈尊よ     大きな激流を

イッチャーヤスマー    ウパスィーウォー
(iccāyasmā         upasīvo)
このように・尊者     ウパスーヴァは(尋ねた)

アニッスィトー    ノー    ウィサハーミ    ターリトゥン
Anissito        no      visahāmi      tārituṃ;
頼らずに       ない     出来       超えること

アーランマナン   ブルーヒ     サマンタチャック
Ārammaṇaṃ      brūhi       samantacakkhu,
依り所を       説いて下さい  あまねく見る方よ

ヤン    ニッスィトー    オーガミマン    タレッヤン
yaṃ     nissito       oghamimaṃ     tareyyaṃ’’.
それを   依り所にして   激流を        超えることの出来る


○一口メモ
今日からブッダと第6番目の学生ウパシーヴァさんとの対話が始まります。八偈あります。ウパシーヴァさんはブッダに「シャカ族の方よ。わたしは、独りで他のものにたよることなくして、大きな煩悩の激流をわたることはできません。わたしがたよってこの激流をわたり得る<よりどころ>をお説きください。」と弱音を吐いているようです。もし私達もブッダが側におられれば、そのような弱音を吐くかもしれません。しかし、恥ずかしくて、このようにブッダに言えませんから、ウパシーヴァさんが聞いてくれたことは有り難いですね。それに対してブッダは何と答えられるのでしょうか。

ただ、ここでウパシーヴァさんのために弁解しておきますが、ウパシーヴァさんは決して弱音を吐いた訳ではないと思います。彼は大きな煩悩を克服する努力をしてきたのです。この言葉は克服する困難を知り尽くしての言葉だということを忘れないで欲しいと思います。何回か挑戦して、くじけて弱音を吐いたのではないのです。「<よりどころ>をお説きください。」は、これからこの困難を乗り越える決意の表れなのです。


激流を 渡れないから 依り所を 教えて下さい 眼のある方よ<1069>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

kempsford
2015年10月21日 04:03
おはようございます。
「独りではできない」と告白した上で、お釈迦様に質問するウパーシーヴァさんの正直さを尊敬します。私でしたら、たとえ自分では判っていても、あそこまで正直に告白する勇気はありません。ウパーシーヴァさんは、とても立派です。
守谷合宿最終日に、スマナサーラ長老からこんなお話がありました。「問題があっても発表しない限り、指導することはできないのです。本当はそんな人には来て欲しくないのです。今回の合宿では、二名いましたね。」。またスマナサーラ長老は、悟るための最低条件として「素直になること。正直になること。」が肝要であると、かねてより教えて下さっておられます。自分に嘘をつくようでは、修業にはなりません。ウパーシーヴァさんの率直な姿勢を見習って励みます。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2015年10月21日 05:53
おはようございます。
本文を拝見し、座る冥想中にどんどん妄想が出て「こんな状態で自分は大丈夫か?」と思った時の、自分の姿が浮かびました。
長老より、妄想が出るのは自然であり、それを観察していって下さいとアドバイスを頂き、その後は上記の状態から不安になる事はありません。
長老が教えて下さるお釈迦様が教えて下さる事を拠り所に・心の芯として持ち、そして精進して参りたいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
シンプルなネズミ
2015年10月22日 02:00
1932年のロス五輪の三段飛びで金メダルを取った人だったと思いますが、なぜ優勝できたのかと聞かれて、陸上部に部員がいなかったのでマイペースで練習できたからと答えていたと思います。
やはり個々の能力を伸ばす環境条件は様々だと思いますが、とにかく自分で深く考えることが習慣化されているかどうかが最も大きなポイントになるでしょうね。
人から教わることは大事です。だけど本来、「教育」とはどうにも奇妙な行為なのでしょう。今は教えていただくという発想が普通ですが、本来の効率性を考えれば、教えさせてくださいという態度が自然なのかもしれませんね。常に教わる側が自分で興味を持って考えてみるという前提があった上でですね。もっともそこまでの「素直さ」を教える側に求めるのはハードルが高過ぎるかもしれませんが…。
いずれにしても自分で考えられない、応用も柔軟にできない奴は恥ずかしいというある種当たり前の風潮にならないと現実的に日本の未来は危ないでしょうね。

幸せでありますように。