識別の 住するさまを 知り尽くし 解脱した方は 如来なのです<1114>

○少年少女のためのスッタニパータ<1114>
・・・
心は変わりやすく、
つかみどころがないと言われていますが
お釈迦様はそのすべてを知りました。


第5 彼岸に到る道の章 15.ポーサーラ経(ポーサーラ学生の問い)3.

○中村元先生訳
1114
師(ブッダ)は答えた、
「ポーサーラよ。すべての<識別作用の住するありさま>を
知りつくした全き人(如来)は、
かれの存在するありさまを知っている。
すなわち、かれは解脱していて、そこをよりどころとしていると知る。


○正田大観先生訳
1121.(1114) 
かくのごとく、世尊は〔答えた〕
「ポーサーラさん、一切の識知〔作用〕(識:認識作用一般・自己と他者を識別する働き)の止住(固着・停滞)を証知している如来は、
この止住している〔識知作用〕を〔あるがままに〕知ります。
解脱を〔知り〕、彼の行き着く所を〔知ります〕。(3)


○パーリ語原文
1120.
ウィンニャーナッティティヨー     サッバー
‘‘Viññāṇaṭṭhitiyo            sabbā,
識別作用の留まる所         すべて

ポーサーラーティ    バガワー
(posālāti          bhagavā)
ポーサーラよと     世尊は(答えた)

アビジャーナン    タターガトー
abhijānaṃ       tathāgato;
知りつくした      如来は

ティッタンタメーナン    ジャーナーティ
Tiṭṭhantamenaṃ       jānāti,
その人が存在していると 知っている

ウィムッタン    タッパラーヤナン
vimuttaṃ      tapparāyaṇaṃ.
解脱して      それを究極としている


○一口メモ
ポーサーラ学生の質問に対する解答は、今日と明日の偈で述べられることになります。今回は修行完成者のあり方が述べられています。それは解脱して如来になられた方ですから、更に修行をする必要はないのです。

そのような方は、すべての<識別作用の住するありさま>を知りつくした全き人なのです。<識別作用の住するありさま>の意味は、中村先生訳「ブッダのことば」の注によれば、四識住(色、受、識、行)と七識住(①、人間、天の一部、四悪趣の一部、②初生の梵衆天、③光音天、④徧浄天、⑤空無辺処天、⑥識無辺処天、⑦無所有処天)の二つがあげられていると記されています。

<識別作用の住するありさま>とは、簡単に言えば「心のありさま」です。アビダンマでは心を欲界心54種、色界心15種、無色界心12種、出世間心8種、合計89種の心について述べられています。如来はそれらすべてを知り尽くしているのです。そして、「かれの存在するありさまを知っている」の意味は、それらの心にある人の状態をして知りつくしたということです。

「かれは解脱していて、そこをよりどころとしていると知る。」の「よりどころ」のパーリ語はparāyaṇaですが、それには究極、行き着く所と意味があり、彼は究極、行き着く所を知っていて、そこに行き着いたということです、この偈で如来という言葉が使われているということは、そのように来た人、或はそのように行き着いた人と意味なのです。

とい訳で、この偈は修行完成者、如来について述べられています。如来は更に修行する必要はないのです。


識別の 住するさまを 知り尽くし 解脱した方は 如来なのです<1114>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎本日12月4日(金)のゴータミー精舎での夜の自主瞑想会は、スマナサーラ長老の初期仏教月例講演会が開催されるため休みます。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

kempsford
2015年12月04日 04:02
おはようございます。
「識別作用の住するありさま」とは、「生命そのもののありよう」ではないかと私はとらえています。なぜならば、「識別」は「心の機能」である「認識」そのものだと考えられるからです。最初の私のこの理解が、先生の解説「簡単に言えば『心のありさま』です」から乖離していなかったので、ほっと安心しています。また、「かれの存在するありさま」とは、「如来そのもののありよう、即ち、既に解脱なさっておられる、というありよう」と受けとめています。「そこをよりどころとしていると知る」は、その言葉通りに理解したいのですが、その意味は、私の考えなどよりも、遥かに深遠なのではないかと思います。先生の解説「彼は究極、行き着く所を知っていて、そこに行き着いたということです」を拝見しても、やはり今の自分の能力では、その意味を上っ面だけでとらえてしまっています。ここまでくると、もう私のような凡夫が、言葉、即ち概念で理解できるようなものではないはずです。スマナサーラ長老の法話に、「カメが『陸(涅槃)』はいいよ、と言っても、サカナには『陸(涅槃)』は理解できない」というお話がありましたが、私自身は、この「サカナ」の状態なのだと思います。従って、今日の偈は、今の私が理解するは不可能なのでしょう。でも、そんな私が「目指すべき境地」は、明確に示して頂きました。従って、私はまた励まねばなりません。本日も、ご指導ありがとうございました。
こころざし
2015年12月04日 07:54
おはようございます。
本文の「心のありさまを・・すべてを知り尽くしている・・行き着く所を知っていて、そこに行き着いた」を拝見し、解脱された方の境地を思いました。
心を観察し・冥想実践をしていく事で、今より心を知る域を増やし、そして解脱を目指したいと思います。
心について本当に知っていれば、怒りや欲に走る機会はなくなると思います→実際が伴っていないので精進致します。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
エル
2015年12月04日 19:34
 「識別」だけなら何となくわかりますが、「識別作用」となると私には難しく感じます。自分の心や存在をそこまで客観視するのは大変なことだと思います。
 私は、実行力があまりないのですが、幸いこのブログを通して毎日仏教を学ぶ機会を得られました。僅かでもあきらめずに実践を継続し、教えを実感できるようになりたいと思います。