善友と 親交深め 道理知り 疑惑を除き 一人で歩く<再58>

○ワン爺さんの独り言<58>
・・・
付き合いにくい
苦手な友達の中にも
自分にとって大切な
善友がいることを
忘れないように。


58.第1 蛇の章 3.犀角経 24.

○毎田周一先生訳

豊かな智慧の持ち主で打てばひびく
気品ある友と交はるべきである
真の救いがどこにあるかをよく知って疑惑を離れ
犀の角のようにただ一人歩いていこう


○中村元先生訳

学識ゆたかで真理をわきまえ、
高邁・明敏な友と交われ。
いろいろと為になることがらを知り、疑惑を去って、
犀の角のようにただ独り歩め。


○正田大観先生訳

多聞[たもん]にして法(教え)を保つ者と、
応答自在〔の知慧〕ある秀[ひい]でた朋友と、親しくするもの。
諸々の義(道理)を了知して、疑いを取り除き、
犀の角のように、独り、歩むもの。


○パーリ語原文

バフッスタン   ダンマダラン      バジェータ
Bahussutaṃ    dhammadharaṃ     bhajetha,
多聞に      法を保つ者に      親近しよう

ミッタン   ウラーラン    パティバーナワンタン
mittaṃ   uḷāraṃ      paṭibhānavantaṃ
友に     すぐれた     弁才のある

アンニャーヤ  アッターニ   ウィネッヤ  カンカン
aññāya      atthāni      vineyya     kaṅkhaṃ,
完全智で    道理の     除き      疑惑を

エーコー   チャレー    カッガウィサーナカッポー
eko       care      khaggavisāṇakappo.
一人で    行こう     犀の角のように


○一口メモ
今回は昨日の偈と反対に、善友について述べているのです。

善友とはどんな友かこの偈では次のように説明しております。バフッスタンとは多聞と訳されます。昔は本がありませんから、学ぶとは弟子は師匠から多く聞くことが、多く学ぶことだったのです。多聞とはよく勉強した人です。ダンマダランとは法(道理)を保持している人、すなわち道理を理解して、道理にしたがって実践している人です。ウラーランはパーリ語辞書によれば、偉大な、強大な、大いなる、高貴な、富ある、すぐれた等の訳語がのっています。単にすぐれたという意味ではないことを理解しておく必要があります。またパティバーナワンタンは辞書には弁才を有せる、奇智に富むという意味があります。

すなわち、このような友達が善友なのです。昨日を悪友は悪行をする人という意味で十悪行を列挙しましたが、その意味では善友は十善行を行う人です。十善行を列挙しますが、それらはすべて、十悪行をしない人であることを知っておく必要があります。

十善行とは 1.生き物を殺さないこと。2.与えられてないものを取らないこと。3.邪まな性的な行為をしないこと。4.嘘をつかないこと。5.二人の仲を悪くするような言葉を言わないこと。6、暴言を吐かないこと。7.無駄話をしないこと。8.欲張らないこと。9.怒らないこと。10.邪見を持たないこと(仏教を否定する考え方などをもたないこと)。

また、善友というと、付きやすい、仲のよい友というイメージがありますが、そうでない場合も多いと思います。付き合いにくい友達の中にこそ自分にとって大切な善友がいることも忘れないようにしたいと思います。そのような友達と親交すれば、自分自身を知ることができるのです。

このような善友と親しく付き合って、智慧を学び、疑惑(疑問)をなくして、犀の角のように一人で歩こうとなっているところが、この偈の面白いところです。


○前回のこの偈の解説

善友と 親交深め 道理知り 疑惑を除き 一人で歩く<58>
http://76263383.at.webry.info/201305/article_28.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎3月18日(金)から3月22日(火)まで熱海に瞑想合宿があり、ワンギーサ比丘はそれに参加しますが、ゴータミー精舎における朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催します。しかし、この期間の夜の自主瞑想会は行いませんので、御注意お願いします。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

kempsford
2016年03月10日 03:52
おはようございます。
善友とは「dhammadharaṃ法を保つ者」。「道理を理解」するだけではなく「道理にしたがって実践している人です」。どきりとしました。Dharaを辞書で確認してみると「持つ・保持する」とありました。友の善悪を考える前に、まず自分自身が善友にならねばなりません。厳しいです。でも「最高の善友とはブッダであることを忘れないようにしてください」という先生の教えで、ほっと致します。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年03月10日 06:24
おはようございます。
以前、良い友と言えば、一緒にいて安らぐとか気持ちが良い等のイメージでした。ですが、実はそんな人はこちらに気を使っているから自分が安らいでいるだけで、相手にとっては自分はそんな友ではなかった・・との苦い経験があります。
現在、どの師匠から学ぶのか、どのグループに行くのか又は複数を渡って関わっていくのか等の事があるように感じます。知識を得るレベルで満足していては、その状況で漂流しかねない印象も感じます。
ブッダの教えを尊敬できる師匠から教えて頂き、そしてそれを実践する姿勢が、犀の角のように一人で歩けるようになりたいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
みき
2016年03月10日 20:47
十善行の中に無駄話をしないがあります。日頃から無駄話をしている私にとっては耳が痛いです。反対に無駄話をしない人は周囲から煙たがられますね。そのような人こそ善友の資格があると思います。付き合い難い人のなかに善友がいることもあるに該当すると思います。
エル
2016年03月11日 13:58
 交際があっても、お互いが「一人で歩む」自立した状態となるようなおつき合いの仕方を心がけます。
たか坊
2016年05月12日 19:22
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪
コツコツ精進して行きます!