最高を 最高と知り 疑惑ない 不動の聖者 道説き示す<再87>

○ワン爺さんの独り言<87>
・・・
涅槃については
軽々しく語れない。
それを体験した
阿羅漢のみができること。


87.第1 蛇の章 5.チュンダ経 5.

○毎田周一先生訳

この世界で最高のものを最高のものと知り
正に此処で真理を述べ それを詳しく説き明かし
疑いを断ち切り 情欲から解放された智慧の人を
修業者の中の第二の「道を説き示す者」と(自覚者達は)呼ばれる


○中村元先生訳

この世で最高のものを最高のものであると知り、
ここで法を説き判別する人、
疑いを絶ち欲念に動かされない聖者を
修行者たちのうちで第二の<道を説く者>と呼ぶ


○正田大観先生訳

彼が、この〔世において〕、最高のものを『最高のものである』と知って、
まさしく、この〔世において〕、法(真理)を告知し、区分するなら、
彼のことを、疑いを断ち〔心の〕動揺なき牟尼(沈黙の聖者)を、
比丘たちのなかの第二の者である、道の説示者と言います。(5)


○パーリ語原文

パラマン       パラマン ティ   ヨーダ       ニャトゥワー
‘‘Paramaṃ     paraman ti     yo’dha       ñatvā
最高のものを   最高である と    彼はこの世で   知って

アッカーティ    ウィバジャテー   イデーワ       ダンマン
akkhāti       vibhajate       idh’eva        dhammaṃ
説く         判別して       まさにこの世で   真理を

タン    カンカチダン     ムニン    アネージャン
taṃ    kaṅkhachidaṃ    muniṃ    anejaṃ,
彼を   疑惑を断った    聖者     不動の  

ドゥティヤン   ビックナ マーフ   マッガデースィン
dutiyaṃ      bhikkhunam āhu     maggadesiṃ.
第二の      比丘達を   言う     道を説く人と


○一口メモ
この偈では、「この世界で最高のものを最高のものと知り」の説明をしなければならないのならないのです。すでに道の勝利者、道の説示者、道に生きる人、道を汚す人という言葉を使いながら、道の説明をしませんでした。しかし、この道が最高のものなのです。この道とは何か?最高のものとは何か?

仏教の答えは簡単です。それは涅槃です。「涅槃は最高」とブッダは述べられています。また仏教を海に譬えて、世界のどこの海の水も塩の味がするように、仏教のすべての教えはただ一つの涅槃の味がすると言われています。

涅槃は涅槃という言葉を知ればよいのではなく、その意味を知らなければならないのですが、その本当のところは体得しなければ分からないものなのです。その境地を体得して、始めて分かることなのです。ですから「この世界で最高のものを最高のものと知り」はそれを体得した阿羅漢のみがそれを理解し、語ることができるのです。

涅槃は言葉で表現できない世界とされていますが、仏教を学ぶ人はそれなりのイメージを持っていると思います。そのイメージの方向性が正しい方向を向いていれば、問題は少ないと思いますが、私が現在思う処は、多くの人々は反対の方向を向いているように思います。釈尊がおられた時代には何百、何千、何万という方が悟られたとい話が経典に述べられていますが、現代では、悟られた方はほんの少数のようです。いろいろ間違った情報の氾濫にあるのではないかと思います。

仏教の研究は、多くの仏教研究者によって行われていますが、それらは結果の世界、知識の世界で仏教が研究されています。この世界で最高のものは結果の世界や知識の世界ではなく、原因の世界、智慧の世界のものなのです。

前回の解説では、上の文章の次に「そのことを忘れずに涅槃を理解しようとすれば、涅槃は難しいものではなく、むしろ簡単なこと、自然なことだとわかると思います。それは自我をなくした世界でしょう。」という言葉が続きました。しかし、今はそう簡単には言えないという思いです。少し、軽率、高慢だったと反省しています。

という訳で、<道を説く者>は涅槃はブッダの教えに従って涅槃を体得した阿羅漢なのです。


○前回のこの偈の解説

最高を 最高と知り 疑惑ない 不動の聖者 道説き示す<87>
http://76263383.at.webry.info/201306/article_29.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎4月22日(金)はゴータミー精舎において、スマナサーラ長老のパーリ経典解説がありますので、夜の自主瞑想会は中止します。是非この経典解説に参加して下さい。


◎4月27日から5月5日まではワンギーサ比丘が、朝日カルチャー、関西ウェーサーカ祭及び熱海に瞑想合宿に参加するために、ゴータミー精舎における夜の自主瞑想会は中止します。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催します。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

kempsford
2016年04月12日 03:49
おはようございます。
煩悩の代表格は、怒りです。これが消えれば、苦しみが減ります。だから頑張ります。でも、煩悩は、それだけではありません。「好・楽」も「欲」という、れっきとした大煩悩です。ですから、煩悩を消すとは、それらも消すことになります。しかし、それはあまり考えたくありません。ここが「反対の方向を向いている」証拠だと思います。「自我」に必死にしがみついている自分が観えました。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年04月12日 09:12
おはようございます。
涅槃に入る事で→輪廻しないとなると「そんなの嫌だ!」と思った記憶があります。まさに抱え込んで離したくない自分・・を感じました。
学ばせて頂く中で、捨てていく事が如何に生き易くなる事に繋がるかを実感しています。
涅槃を目指して、精進したいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
エル
2016年04月15日 23:29
できないことを説明することは、世間ではよくあることです。できないだけでなく、よく理解していないことを理解していないそのままに説明する人もいます。説明を真面目に聞かない人の方がうまく対処できる場合もあるように思います。
 「説く」ことに責任が伴う以上、阿羅漢にしかできないというのは、それだけ厳密・忠実に修行を実践しなければならないからだと思いました。
たか坊
2016年05月25日 10:06
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪