充分に 説かれた言葉 実践し 自制する人 道に生きる人<再88>

○ワン爺さんの独り言<88>
・・・
真理は言葉では
表現できないと言われますが、
言葉を頼りに修行するのです。


88.第1 蛇の章 5.チュンダ経 6.

○毎田周一先生訳

充分に説き明かされた真理の言葉を
道として生き 自ら修め 深く物を思い
過ちを離れた言葉に従って行動するものを
修行者の中の第三の「道に生きる者」と(自覚者達は)呼ばれる


○中村元先生訳

みごとに説かれた<理法にかなったことば>である
<道>に生き、みずから制し、落ち着いて気をつけていて、
とがのないことばを奉じている人を、
修行者たちのうちで第三の<道によって生きる者>と呼ぶ。


○正田大観先生訳

彼が、見事に説示された法(教え)の境処という
道に生きる、自制と気づきの者であるなら、
諸々の罪過なき境処に〔常に〕慣れ親しんでいる者であり、
比丘たちのなかの第三の者である、道に生きる者と言います。(6)


○パーリ語原文

ヨー   ダンマパデー    スデースィテー
‘‘Yo   dhammapade     sudesite
彼が   真理の言葉    見事に説かれた

マッゲー     ジーワティ   サンニャトー    サティマー
magge      jīvati       saññato       satīmā
道に       生きる      自制と        気付きで

アナワッジャパダーニ   セーワマーノー
anavajjapadāni        sevamāno,
過ちのない言葉に     親しんでいるならば

タティヤン    ビックナ マーフ    マッガージーウィン
tatiyaṃ      bhikkhunam āhu     maggajīviṃ.
第三の      比丘の中で  言う     道に生きる人と


○一口メモ
見事に説かれた真理とは涅槃です。しかし、昨日も述べましたが、涅槃と言われても具体的には覚るまでは分かりません。そこで頼りになるのは「理法にかなった言葉」=「とがのない言葉」なのです。それはブッダの言葉です、それを頼りに修行するのです。

ブッダの言葉を頼りに、自分自身の身口意の行為に注意して、自己を制している修行者は、「とがのないことばを奉じている人」であり、修行者たちのうちで第三の<道によって生きる者>と呼ぶのです。

具体的には、スマナサーラ長老がまとめられた「慈悲の実践フルバージョン」の一つ一つの言葉は、私達の修行の指針になるのです。そのどの言葉でもその言葉を徹底的に実践する人は、「道に生きる者」=「道によって生きる者」といいのだと思います。


○前回のこの偈の解説

充分に 説かれた言葉 実践し 自制する人 道に生きる人<88>
http://76263383.at.webry.info/201306/article_30.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎4月22日(金)はゴータミー精舎において、スマナサーラ長老のパーリ経典解説がありますので、夜の自主瞑想会は中止します。是非この経典解説に参加して下さい。


◎4月27日から5月5日まではワンギーサ比丘が、朝日カルチャー、関西ウェーサーカ祭及び熱海に瞑想合宿に参加するために、ゴータミー精舎における夜の自主瞑想会は中止します。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催します。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

kempsford
2016年04月13日 03:57
おはようございます。
「『理法にかなった言葉』=『とがのない言葉』なのです。それはブッダの言葉なのです」。その「ブッダの言葉を頼りに、自分自身の身口意の行為に注意して、自己を制している修行者は、『とがのないことばを奉じている人』であり、修行者たちのうちで第三の<道によって生きる者>と呼ぶのです」。「慈悲の実践フルバージョン」は、「このように生きるべき」と私に教えて下さった言葉です。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年04月13日 08:02
おはようございます。
冥想実践をしている時、教えて頂いた事(言葉)の実物はこんな感じかも?と思う時があります。言葉を超えたような印象を受ける機会でもあります。ですがそれが正しいのかは自分では分かりません。そして過去にはそれで「預流果に悟った?」と思った無知な(浅はかな)自分がいます。
また、違う見方になるかと思いますが、教えて頂いた事を正しく実践すれば、相手の方を不快にする言動はしないはずと思います。家族に対して等容易にそれが出来ない時のある自分なので、そういう意味でも身口意に注意して参りたいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
エル
2016年04月17日 23:48
「慈悲の瞑想フルバージョン」は、当代のお経なのだと思います。現代人が生きるべき道が示されています。その重みと、手にすることのできた幸せを最近徐々に感じ始めました。